騎士

菜「あれっ…もうこんな時間なんだ…」
時計を見ると、午後7時。
夢中になって気がつかなかった。
体育祭の準備とはいえさすがにこれ以上学校にいては問題がある。
一通り区切りはついた。
そういえば理央に数学の教科書を借りたままだった。
確か今日は数学の宿題が出ていた。
帰りに理央の家に寄って返そう。
そう思いつつ学校を出た。

菜「うわ……もうこんなに暗いんだ…」
外に出たらすでに夕暮れを通り越して夜になっていた。
9月になり、すっかり秋の気配が近づいている。
夏は完全に終わろうとしている。
校門を出て、突き当たりのT字路まで歩く。
ふと、後ろから何か音がした。
誰かが歩く音。
別に足音なんていつも気にしない。
だけど、何故か気になった。
後ろを振り向いた。
多分部活が終わって帰ろうとするうちの学校の生徒だと思った。
違った。
生徒ではなかった。
もっと年を取った、中年というのだろうか。
けれど、その人は様子が違う。
何かが。
その人の手元を見た。
何かを持っていた。
ナイフ。
食事とかに使うようなものではなかった。
明らかにもっと違う、別の用途に使用する。
…ひと……。
通り魔。
今朝新聞で見た。
そんな。
だって、あるわけがない。
こんなところで通り魔なんてあるわけない。
通り魔がゆっくりと近づく。
叫ばなきゃ。
誰かを呼ばなきゃ。
……
出ない。
声がまったく出ない。
危ない人と会ったら逃げなきゃ。
…だめ、足もうごかない。
…さされちゃうの?
わたし…しんじゃうの?
やだ。
やだよ。
だれか。
たすけて。
おねがい。
たすけて!
『菜奈っ!!』
こえ。
わたしを、よぶこえ。
とおりまのわきばらをける、りお。
りお。
理央。
理央っ。
理央っ!
菜「理央っ!」
理央の呼びかけに叫ぶように返事をした。
理「逃げるぞ!」
理央に抱き上げられ、この場所から離れていく。
理「菜奈、携帯で警察呼べ!」
菜「うんっ」
理央に指示された通り、携帯電話を取り出して警察に連絡をした。
不思議な事に、冷静に通り魔の特徴や襲われた場所を伝えられた。

理央はどのぐらい走ったのだろう。
5分か、10分か。
理「ぜーっ…ぜーっ…」
理央の息切れが聞こえ、速度は走る速さから歩く速さへと変わり、止まった。
明るい処まで来たみたい。
もう通り魔の心配は無い。
理「た……立てるか?」
菜「う…うん…」
身体がゆっくりと地面に降りていき、着地。
理「ケガとか無いか?」
ケガ。
通り魔。
瞬時に、先程の恐怖が襲ってきた。
でも、もう大丈夫。
自分の中でなんとか落ち着かせようとするけど、ダメだった。
菜「う………」
ぼろぼろと涙がこぼれる。
頭の中で恐怖と安堵がぐちゃぐちゃになってくる。
どうしようもない感覚が、今の自分になっている。
理「もう大丈夫だから……泣き止めって…」
私の状況を察知したのか、私の肩に手を回してきた。
そして、抱擁。
……あったかい…。
理央………。
理央のもう片方の手が私の頭を撫でる。
…これ………おちつく…。
理央の顔を見る。
ふと、理央が通り魔を蹴った瞬間を思い出す。
……かっこ……よかった…。
いつもとまったく違う、もう一つの理央。
私しか知らない理央。
私だけの…
菜「りお……」
自分で発した言葉なのに、違う人のような言葉。
けど、その不思議な感覚は近くの車のクラクションで消えた。
思わずぱっと離れた。
理「だ、大丈夫だな」
菜「あ、う、うん」
理「か、帰るか」
菜「う…うん」

翌日の新聞に通り魔が捕まったという記事を見つけた。
…………。
これで良かったと思った。
でも、何かが残っている。
恐怖の代わりに、例えようのない何か。
それが何かわからない。
わかんない。
理央なら……知ってるのかな。

後書き

んー……女性視点から書くのもずいぶん慣れてきました(笑)。
だいたい年に1、2回は書いてるペースなので慣れなきゃおかしいのですが。
さて、幼馴染という関係がようやく壊れ、次のステップに入ります。
ただしばらくはこんなもやもや状態が続きます。
しばらくっつってもあっという間なんでしょうねえ。
それでは次回にて。