キス

菜「理央、一緒に帰ろ」
理「ああ」

『でこちゅー』から2日後。
あれは無かった事に…というかスルーの方向に。
お互いに『まあ…恋人だしね』という結論が出た。
『でこちゅー』であたふたしてたんじゃこの先不安でもある。

理「ん…?」
空を見た。
空が黒い。
正確には黒い雲が空を覆いつつある。
菜「どうしたの理央?」
理「いや、雨降りそうだなと思ってな」
菜奈も空を見る。
菜「あ、本当」
そう思った直後、

ポタッ

降ってきた。
理「うわ、降ってきたな」
菜「どしゃ降りになりそうだから、早く帰ろ」
理「ああ」
そう言った直後に一気に降り始めた。
理「走るぞ!」
菜「うん!」
菜奈の手を取って走る。

雨の強さはさらにひどくなる。
このままだと家に着くころにはビショ濡れだ。
どこかで雨宿りをしよう。
屋根のある場所。
辺りを見回すと、少し先に電話ボックスがあった。
理「菜奈、あそこに入ろう」
菜「うん」
幸いな事に電話ボックスは誰も使用していなかった。
理「ふう…」
なんとかビショ濡れは免れた。
あとは雨が止むまで待てばいい。
理「ん?」
ふと、菜奈の足元を見た。
電話ボックスの下の隙間からピチャピチャと雨水が跳ねて菜奈のソックスを濡らしていた。
このままでは雨宿りの意味があまりない。
理「菜奈、もうちょいこっち寄れ」
菜奈の腰に手をまわし、こちらに引き寄せる。
菜「えっ…あっ…」
理「あっ」
自分の行為に気づいた。
ただでさえせまい電話ボックス。
それなのに菜奈をこちらに引き寄せた。
密着している。
菜奈との距離がものすごく近い。
理「………」
菜「………」
菜奈の顔が赤い。
多分、自分も赤いのだろう。
ふと、去年の通り魔事件を思い出した。
あの時もこんな風に近かった。
けれど、あの時とは違う。
あの時は菜奈との関係が『ただの幼馴染』だった。
けど、今は………。
……いいのだろうか。
してはいけない、というわけではない。
今は恋人。
しても問題はない。
手を菜奈の肩に乗せる。
菜「あ…」
菜奈はわかっているようだ。
これから俺が何をするのか。
ふと、大事な事に気づいた。
それも一番大事な事を。
菜奈はキスをしてもいいのかどうかだ。
一方的にしてしまっては菜奈がかわいそうだ。
ちゃんと聞かなければならない。
理「い…いや…か?」
菜「えっ…」
理「イヤなら……我慢する」
菜「……………」
これでいい。
これで菜奈が『ごめんね』とか『ちゃんとした所でしたい』と言ってくれればいい。
しかし、菜奈は何も言わなかった。
その代わりに、行動で返事をした。
自分より背の低い菜奈はちょっとだけ背伸びをして、目を閉じた。
えっ、と声が出そうになった。
このような展開も少しは考えていた。
けど、菜奈の事だからダメだろうと決めつけていた。
……い、いいってことだよな…。
自分に言い聞かせ、菜奈の唇を凝視する。
菜奈の唇。
間近で見ると理想の唇をしているように見える。
気が付くと、自分の唇と菜奈の唇の距離は無いに等しかった。
菜奈の唇に魅せられている。
その唇にそっとキスをした。
柔らかい。
肌の柔らかさとはまったく違う。
もっと菜奈の唇を堪能したかったが、そうはいかなかった。
息が続かない。
キスする前に深呼吸をしていなかった。
苦しくなり、ぱっと離す。
理「はーっ、はーっ、はーっ…」
呼吸を整え、菜奈を見る。
はにかんだその顔は、すごく輝いて見える。
愛おしくて、たまらない。
理「菜奈っ」
ぎゅっと抱き締める。
菜「りっ、理央…苦しい」
力任せに抱き締めてしまい、菜奈が苦しそうな声を出す。
理「わ、悪い」
腕の力を緩める。
理「こ…こうか?」
自分の力の具合がわからず、菜奈に聞く。
菜「う…ん……」
菜奈の両手がこちらの背中にまわり、きゅっと抱き締められた。
菜奈の小さな腕に包まれている。
抱き締められて、抱き締めている。
この新しい感覚が心地良かった。

雨音がゆっくりと弱まり、そして止まった。
理「…止んだな、雨」
菜「うん……止んじゃったね…」
菜奈が妙にひっかかる言い方をした。
本音を言うともう少しこのままでいたい。
けれど、場所が場所だし、受験勉強もある。
抱擁をやめ、菜奈を見つめる。
理「い、行くか」
菜「う、うん」
妙な雰囲気のまま、電話ボックスから出た。

翌日。
理「ふわーあ…」
欠伸をしながら学生服に着替える。
昨日はあまり寝れなかった。
当然受験勉強なんかできるわけもなく。
あれぐらいイチャイチャしておいて受験勉強が出来る人間は人ではない。
……問題はまだある。
菜奈が来たら、どう対応すればいいのだろう。
……まあ『でこちゅー』の時みたいに『恋人だから仕方ない』という感覚でいればいいだろう。
玄関に行き、靴を履いていると…。
ガラッと玄関の戸が開く。
きっと菜奈だ。
菜「おはよう、理央」
視線を靴の方に向けているので顔はわからないが、菜奈は平気そうだった。
…もしかすると菜奈も同じ事を考えているのだろう。
恋人だから仕方ない。
それじゃこちらも同じ態度をしよう。
理「おう、おは………」
菜奈と目が合う。
が、視線は自然にもうちょい下の…。
唇。
キスした唇。
昨日キスしたばっかの唇。
理「う…」
顔が熱くなる。
菜奈も同じ事をしたらしく、一気に赤くなる。
菜「い……いこっ…か…」
理「う…あ…ああ」

結論:やっぱダメでした。

後書き

昔に比べると公衆電話や電話ボックスの数が大幅に少なくなりましたね。
以前は1つの住宅街に1つありましたが21世紀を迎えると目に見えるように減っていったのが実感できます。
携帯電話が普及したのが主な原因でしょうね。
まあそれでも街中にはいくつかあるので絶滅という事はないでしょう。
携帯が使えない時の緊急用、というのが今の公衆電話の使い方なんでしょうね。
ちなみに今回の電話ボックスでのキスは……えー……アマガミのパクリです(死)。
それでは次回にて。