刹那の理解

季節は秋。
運動会の時期がやってくる。
しかし、この学校の運動会は得点を争うようなものはあまりない。
平たく言えば名誉のための運動会。
どいつがスポーツ万能か。
運動部からすれば、喉から手が出る程の逸材が発見できるのは非常に大きい。
去年も徒競走の部門で1位になった選手がスカウトされ、今やエース級の活躍を見せている。
で、各クラスが部活動をしていない、帰宅部の生徒を選出するわけで。
理「えぇー、俺ぇ?」
こういう過程で選ばれる。

運動会当日。
理「あーもう、かったりぃ…」
せめて賞品とかあればそこそこやる気が出るのだが。
学生の運動会にそんなモンありません。
理央が担当する事になったのは400メートル走。
菜「こらっ、理央。ちゃんとやりなさいよ」
理「わあってるよ」
あれから2人の会話の頻度はそこそこに。
ただ、一緒に帰る事はまだない。

で、他の種目は適当に流れ、理央が出場する400メートル走に。
理「…手ぇ抜くなよ」
うっせーな。
グラウンド1周は200メートルになっており、2周でゴール。
理「さて…と」
いざ勝負となると独特の緊迫感がある。
周りのメンツを見ると、やはり足自慢という雰囲気がある。
理「…さて、頑張るとしますか」
いつの間にか自分の中に火が点いていた。
勝っても得をする事はないのに、何故か勝利の2文字に飢える。
これが運動会の魔力と言えよう。
審判の合図が聞こえる。
クラウチングスタートの体勢を取る。
スタートの空砲が鳴る。
直後、足は瞬時に動き出し、回りのメンツよりも身体1つ分出ていた。
そのままトップギアに持っていき、全力疾走。

菜「あ……」
理央が走ってる。
他の選手も懸命にそれを追うが、追いつかない。
スタートダッシュの時点でかなりの差が出ており、早くも挽回は無理に近い状況だった。
理央の足、速かったんだ…。
そういえばあの時だって……。

ズキンッ

胸が痛む。
あの時の恐怖のせいだろうか。
違う。
それとは別の。
痛い。
どうして?
どうして理央の姿を見て苦しむの?
わかんない。
私自身がわかんない。

理「ふう…」
一位の証拠でもある旗を持たされる。
余裕だった。
よく考えると少し前に死に物狂いで走ったのが功を奏したようだ。
より速く走れるコツを身体で覚えたのかもしれない。
ふと、菜奈の方を見た。
……あいつ、またあの口をしてやがる。
多分本人は気づいていないのだろう。
あの口をしている時の菜奈の態度は不機嫌な証拠だ。
幼馴染だからわかる。
理「……あれ?」
ふと、自分の行動に疑問を持った。
なんで今、菜奈を見たんだ?
気になったからだ。
じゃあ、何故気になる?
それも一位を取った時に?
……元通りになりたいからか?
違う、そうじゃない。
………好きに…なったから、なのか?
その事実を理解した時、自分のもやもやしていたものがなくなった。

その後、予想通り運動部からのラブコールが相次いだが、全て断った。
部活には興味がなかったが、それどころではなかった。
菜奈を好きになった。
その事実が、自分の脳味噌を支配していた。

運動会は終わり、そのまま家に帰った。
ころん、とベッドに寝転ぶ。
菜「はあ…」
こんな気持ちは初めて。
理央を見ているとわけのわからない感情が出てくる。
話しかけたいのに。
本当は一位になって嬉しいのに。
…………。
菜「……………すき…」
無意識にぽろっと言葉が出た。
菜「……え………ええぇぇ…」
顔が熱くなる。
やっと理解できた。
理央の事が好きと。
菜「で…でも…理央とは幼馴染なだけで…」
自分の中で言い訳を作ろうとするが、この感情は誤魔化せない。
菜「あぅ……明日からどんな顔すればいいの…」
菜奈の脳味噌は、理央の事でいっぱいになっていた。

後書き

一目惚れというのが存在しますが、その対極にあるのはどんなものか。
かつて…ていうか今も書いてある綾は一目惚れという設定でしたが、ずっと一緒にいる人を本当に好きになったら?
このパターンって書いた事がなかったのでうまい具合にいきました。
幼馴染からの展開なんだから当たり前だろというツッコミがありそうですが、ギャルゲーでは子供の頃から好きだったというパターンがほとんどだったりするんですよ。
最近になって好きになるというパターンの方が少ないと思います。
さて、次回で2人がくっつく話になります。
それでは次回にて。

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