君は僕に似ている

涼「どけえぇぇ――っ!!」                          ※
立ち止まる気も、避ける気もなかった。
走りながら、発砲する。
次々と敵兵が倒れていく。
素早く、敵兵が持っていた機銃を奪い取る。
今までの戦闘で自分の銃はすでに弾切れを起こしていた。
長期戦は圧倒的に不利。
ならば、短期決戦しかない。
首謀者に会う。
それでこの戦いは終わるはずだ。
階段を駆け上がり、通路に出る。
この建物はこの国のトップに近い権力者の建物のはず。
となると、私室を住みやすく改造してあるはず。
それは潜伏するには格好の場所。
芹禾はきっとそこにいる。
兵士の姿はいない。
先程撃った兵士で全員だろうか。
それとも…
涼「!」
気配を感じた。
誰かいる。
通路の奥に誰かがいる。

通路の奥には扉があった。
他の質素な扉と違い、重厚さがある。
もしかすると、ここが権力者の私室なのだろうか。
扉は押して開くタイプ。
ほんの少し押してみる。
動く。
鍵はかかっていない。
…罠もなさそうだ。
扉を蹴り飛ばし、飛び込むように部屋に入る。
涼「動くな!」
いた。
条件反射で叫んだが、人がいる事を認識した。
人は立っていた。
こちらを見ている。
涼「…芹禾さん」
芹「…涼、君なのか」
涼「テレビ、見ました」
芹「…そうか」
芹禾は溜息をついた。
涼「何故…何故こんな事を」
芹「…何故か、か…。そんなつまらない事を聞きにきたのか?」
涼「つまらない事?国家転覆を企てる理由を聞くのが、そんなにつまらない事なんですか!」
芹「涼…俺は国をのっとる気はない」
涼「…」
芹「俺は変えたいんだ。この世界を」
涼「世界を…変える」
芹「…この世界は、幸せだと思うかい?」
涼「…」
芹「内戦、食糧危機、温暖化…その他諸々の問題が山積みだ。権力者はただ話し合うだけで何もしていない」
涼「…だけど、平和に向けて頑張ってるじゃないですか」
芹「…アメリカの軍の予算は知ってるか?」
涼「……食糧危機を回避する金額は軍の予算の1週間程度…」
芹「…そうだ。53週、365日、8760時間、52万5600分、3153万6000秒。ほんのわずかでいい。武器という力を、平和へと変換するだけでいい」
涼「…」
芹「…それは多くの人が知っているはずだ。ならば何故それを実行しないのか。涼…君ならわかるだろう」
涼「……他人、だからですか」
芹「そうだ。自分だけ。自分だけ。自分だけだから」
涼「しかし!国をのっとってまで世界を変えようなんて間違ってる!」
芹「…他に方法はない。教えなければならない。『世界を変える』という事を。あの同時多発テロで世界が知って、実行できた。あの時を同じようにすればいい」
涼「あんな野蛮な行為をしなければわからない程、人は狂っちゃいない!」
芹「…俺は世界中に伝える事が出来たと思う。世界を変える兆しが見えてくるはずだ」
涼「…」
芹「…俺を撃て。涼」
涼「な…!」
芹「俺はこのまま拘束されれば、生き地獄を見ると思う。もはや俺にとって生きる事は無意味だ」
涼「…」
芹「俺は…死にたいんだ」
涼「嫌だ!俺はあなたを撃ちたくない!」
芹「…頼む」
涼「う………」
一瞬の静寂。
涼「―――――――――――っっっ!!」
銃声。

銃声が鳴った。
この上からだ。
臣は階段を駆け上がる。
涼が撃ったのか、撃たれたのか。
わからない。
結末を見なければならない。
通路に出て、辺りを見回す。
奥の扉が開いているのが見えた。
あそこだろうか。
扉に向かって走り出す。

臣「涼!」
部屋に入ると、涼が立っている。
手には銃を持っていた。
見覚えのない銃だった。
おそらく敵兵のを奪ったのだ。
先程の銃声は涼が撃ったのだろう。
涼の前には、男が倒れていた。
おそらく、首謀者だろう。
臣「…終わったな」
涼「…」
臣「…涼?」
涼は銃を自分のこめかみに当てた。
臣「涼っ!」
涼「…………ろ」
何かを言った。
撃った。
臣「涼――――っっ!!!」

潤「何から何まですまないな」
臣「気にするな。恩返しさ」
あの戦いから1週間後。
潤を軍に拘束されないように、現地の民間人と偽り、銃撃戦に巻き込まれ、負傷したと報告した。
軍には首謀者と涼は相撃ちになったと報告した。
真実はわからないからだ。
もし、仮に真実を見ていたとしても報告する事はないだろう。
報告したら、涼を侮辱したような気がしてならなかった。
そして、涼が最後に言った『言葉』は胸に秘めておくことにした。

潤を国外へ送るため、知り合いに頼んで運搬船に乗せてもらう事ができた。
行き先は正直なところ、知らない。
とにかくここにいると危険とは言えないが、あまり滞在もしづらいだろう。
潤「そういや、臣はこれからどうするんだ?」
臣「もうちょっと休暇を取ったら、また戦場さ。傭兵は戦ってナンボだ」
あの戦いの後、生き残っていた兵が自分だけと報告した途端、傭兵の誘いのラブコールが大量にあった。
しばらくは職にあぶれる事はあるまい。
臣「…他の国についたら、どうする?」
潤「……『国』を創ろうと思う」
臣「国を創る?」
潤「申請すれば国が創れるって聞いてさ。まあ形だけだが、それでも国は国。ちょっとずつでいい。変えようと思う」
臣「…そうか」
潤「……芹禾、遺言とかあったか?」
臣「…いや。俺が着いた時には死んでいた。ただ…」
潤「ただ?」
臣「涼の遺言を聞いたよ」
潤「…何て言った?」
臣「……すまん。言えない」
言えなかった。
けど…
臣「でも、お前は確かにあそこにいたからな。言うのは無理だが…ちょっと待ってくれ」
紙とペンを取り出し、書く。
伝えたかった。
涼の思いを。
船の汽笛が鳴る。
臣「時間だ」
紙を潤に渡す。
臣「乗ってから見てくれ。そして感じてほしい」
潤「わかった」
臣「元気でな」
潤「ああ。色々とありがとう。じゃあな」
臣「おう。じゃあな」

船に乗り込み、甲板に出る。
市街へと向かっている車を見かける。
きっと臣だろう。
彼もまた、旅立つ。
芹禾の『世界を変えたい』という思いに共感し、共に戦う決意をした。
…ニュースを見たが、クーデター扱いだった。
だが、評論家達が討論をしていた。
『ジャンヌ・ダルク』と同じなのかもしれないと。
悲劇の主人公。
…芹禾は自分を犠牲にしてまで伝えたかったのだろう。
芹禾の思いは伝わったと思う。
そして、それを実行するのは自分達なんだ。
自分の足で歩かなければならない。
変えるために。
足元が揺れる。
船が動き出した。
出発だ。
ふと、臣からもらった紙の事を思い出した。
何が書かれているのだろうか。
紙を取り出した。
紙には、言葉が書かれてあった。
文章でもなく小節でもなく、単語でもなく。

『生きてみろ』

…。
誰に、対してだろう。
臣か、全人類か。
それとも世界にか。
ただ、わかる事はひとつ。
その言葉に、答えられる。

…そろそろ出航しただろう。
そして、あのメッセージを読んだだろう。
きっと彼ならあの言葉がわかるだろう。
意味でもなく、単なる文字でもなく。
正直なところ、真意はわからない。
ただ、わかる事はひとつ。
その言葉に答えられる。

その時、偶然か、奇跡か、神のいたずらかどうかはわからない。
場所は違えど、2人の男が同時に、同じ言葉を発した。

『『生きてみせるさ』』