エクリプス

玄関のチャイムが鳴った。
誰なのだろう。
そう思いつつ玄関へ向かった。
ドアを開けると、懐かしい顔の人物がいた。
幼馴染の友人だ。
「よお、久しぶりだな」
「ああ、何年振りだろうな」
最後に出会った時の頃はいつだったか。
それがいつだったのか容易に思い出せないくらい時間が経っていた。
「そういや何しに来たんだ?」
友人の訪問の理由を聞くのを忘れていた。
友人は上京し、自分は地元に残った。
まさか会社を辞めて地元にUターンをしたわけではあるまい。
「ここ最近仕事が忙しかったからな、久々に有給使って地元でのんびりしようと思ってさ」
「そっか、まあ上がれよ」

自分の部屋に招き入れ、用意したペットボトルのジュースを渡す。
「乾杯」
「乾杯」
ジュースを一口飲んでから、友人が来る前に起動していたパソコンの画面を見た。
最後に見た時と違っていた。
通知が来ていた。
通知の吹き出しにマウスを合わせてクリック。
投稿サイトに以前書いた小説に高評価の判定が出たメッセージ。
「おっ、評価もらってるんだ」
友人が画面を覗きこんできた。
「ああ、最近いい感じだよ」
趣味で小説を書いてそれをネットにアップロード。
それだけの作業で色々な反応がある。
かつてはここにいる友人だけに小説を書いていたが、いつの間にか多くの人に読んでもらいたいという願望が生まれ、投稿サイトに書くようになった。
「すっかりお前も人気小説家だな」
「小説家とは思ってねえよ、俺のは文字の羅列だよ」
『良い小説が書けた』と思う時は度々あるが、自身を小説家とは微塵にも思ってない。
小説家とは『小説を書く』という行為だけで生活が成り立っている人物の事を指していると思っている。
「それで?次はどんな作品を書くんだ?」
友人はジュースを飲みながら聞いてくる。
「…………いや、もう書かない」
「えっ?」
予想していない返事に友人は裏返った声を出した。
「どうしてだよ?」
「ん……何て言うのかな……ネタ切れでもないし……モチベでもないし…」
はっきりとした理由は無い。
ただ、書く必要性が消えた。
自分の中にあった『それ』が消えた。
何の前触れもなく、突然に。
「休む…って事でもないのか?」
俺は頷く。
「そうなったのって……アレが原因か?」
友人は窓の方を指さす。
俺は窓の方を見る。
「………………さあ、わからないな」
『アレ』が原因なのだろうか。
違うのかもしれないし、そうなのかもしれない。
わからない。
いや、そうだと断定したくないし、否定もしたくない。
ただ俺は、彷徨いたいだけなのかもしれない。

友人を玄関前にまで送った。
「しょっぱい話になっちまったな」
「いいさ、久々に会えて嬉しかったよ」
「俺もだよ」
友人と会えた事は今の自分にとって嬉しかった。
「また会おうな」
「ああ、元気でな」
手を振りながら玄関のドアを閉めた。
階段を上りながら、考える。
これからどうしようか。
小説を書かない生活を迎える事になる。
それは自由か、拘束か。
それは誰にもわからないし、自分にもわからない。
自分の部屋に戻り、椅子に座った。
残ったペットボトルのジュースを飲みながら、窓を見た。
月が見える。
ふと、自分の書いた小説の一節を思い出した。

『嗚呼、あんなにも狂おしい程月が輝いて…』

後書き

今回のタイトルはプロットが完成してからつけたものです。
意味は『輝きを失う』、もしくは『上回る』です。
意味を知らずに命名しましたが、意味を知った時にこのタイトルをつけて正解だと思いました。
今作はかつての自分の心境に近いものがあります。
今の自分はどちらなのでしょうか。
これにてプロジェクトAirは完結となります。
不定期ながら20年以上続いたこのプロジェクトは自分の心境を書き続けた軌跡となりました。
それではどこかの小説で御会いしましょう。