「何で刑事の俺が自殺した生徒の部屋を調べる必要がある?」
遺書は発見され、他殺の可能性も皆無。
事件性はどこにも無い。
それでも上司に駆り出さられ、現場検証をしている。
「仕方がありませんよ、ウチの署の人数が足りないんですから」
こちらの愚痴を部下が慰める。
「そういえばこの生徒の両親は?呼んだのか」
「3年前に事故で他界しています」
全て一人で抱え込む状況だったか。
「自殺の原因は、いじめか」
遺書の内容には目を通しており、加害者達の名前も記入されていた。
「加害者の名前は絶対に伏せておけよ。下手をすると減給モノだ」
自分で言った言葉ではあるが矛盾を感じる。
加害者は未成年故に名前は伏せられる。
しかし、加害者は罪を負うために名前を晒されるものだ。
加害者が優遇される世の中になっているのは被害者側からすれば憎しみすら感じるだろう。
ふと、机の上に配置されているパソコンが目に入った。
最近ではあまり見かけなくなったデスクトップ型のパソコンだ。
そこに刺すかのように接続された黒い部品が気になった。
部下に声をかけた。
「おい、あのパソコンについているのは何だ?」
「ああ、あれはUSBメモリですが…失礼ですがパソコン使えるんですか?」
「ふん、書類ぐらいパソコンで作れる」
最近の若者はスマートフォンは使いこなせるのにパソコンを使えない事の方が驚きだ。
「中身はどうなっている?」
「起動して調べてみましたが何も入っていません。空っぽです」
部下の言葉に違和感を覚えた。
「何も…無いだと?パソコンに接続されているのにか?」
「どうやらUSBメモリの中身を消去した後にパソコンのデータを消去したようで、パソコンの方も空っぽです」
自殺する前に消去したか。
だが、あのUSBメモリがどうしても気になった。
「パソコンを消す前の状態に戻せるか?」
確かそういう類のソフトがあったはずだ。
「はい、完璧とまではいきませんが…」
「構わない。できる限りでいいからやってみてくれ」

翌日。
生徒のパソコンが運ばれた鑑識課に足を運ぶ。
部屋の隅に配置されたデスクの上にパソコンは置かれていた。
すでに起動しており、モニターの前に部下は座っていた。
「復元できたか?」
部下は真面目な顔をしていた。
真面目、というより神妙な顔つきだ。
「元々このパソコンはそんなに使われてはいないようです。精々ネットですが…」
「ネットか……履歴だったか?どんなサイトを見ていたかっていうやつだ」
「はい。まあ年頃なのでアイドル等の芸能人のブログとかを主に見ていましたね。ただ…」
部下の最後の言葉が気になる。
「ただ…何だ?」
「闇サイトを見ていたようです」
闇サイト。
自分の鼓動が早くなっていくのがわかる。
最初の違和感が大きくなっていく。
「闇サイトといっても色々あるだろ。どんな内容だ?」
「いえ、このパソコンでは閲覧はさすがに無理なので署のパソコンで調べてみます」
何も言わずにうなずく。
妙な不安がよぎった。
予感なのだろうか。
『ただ単に閲覧していた』
そんな期待外れを希望している自分がいた。

すぐにネット環境の整ったパソコンの前に着く。
ただし操作は若い部下に任せるため部下に座らせる。
「早速履歴に載っていたアドレスのサイトを出してくれ」
部下は持参しているUSBメモリを差し込み、そこに入っているデータを読み取って闇サイトにアクセスする。
すぐにそのサイトは開いた。
「この手のサイトは閉鎖される事が多いのですが、幸い残ってますね」
画面を眺め、どういう構成になっているのか確認する。
「俺の指示で動かしてくれ。『掲示板』を選んでくれ」
部下はすぐに掲示板にカーソルを合わせ、クリックする。
次の画面が現れる。
画面には表計算で使われそうなマス目の中に文字が入力されており、それらがずらりと下に伸びている。
自分の想像している掲示板と違った。
「これは……どういう掲示板なんだ?」
「一つの掲示板ではなく、スレッドと呼ばれて……まあ掲示板の中に色んな掲示板がある感じですね」
わかりやすい答えだった。
おそらく自分ぐらいの年の中年に教えた事があるのだろう。
画面の右を見てみると作成日時が表示されていた。
「闇サイトを閲覧していた時刻と同じ時間を探してみてくれ」
部下はマウスを操作し、指定された時刻のスレッドを探していく。
「この辺りですね」
画面に近づき、スレッドを見ていく。
よく考えろ。
自殺した生徒は何を思ってこの闇サイトにアクセスして自殺したのか。
理由があるはずだ。
いじめによる自殺なら、加害者の事を考えたはず。
………復讐か?
『集団自殺募集』
『違法ドラッグサイト求む』
「もう少し下へ」
画面が下へスクロールする。
すると、ある文字が目に付いた。
『サイト改竄』
何かがひっかかった。
「この『サイト改竄』を調べてくれ」
部下は『サイト改竄』をクリックする。
そこには自分の想像していた掲示板の画面だった。

『政府のサイトを改竄できる人を探しています。できる方は使い捨てのメアドを』

電流が走ったような気がした。
「これか」
「…そうですか?よくある掲示板の書き込みにしか見えませんが」
確かにただの書き込みだ。
しかし、この画面に表示されるている文字から何かが溢れ出ている気がした。
この書き込みは本当に生徒のものか。
「生徒のメールソフトはどうなっている?」
「…残念ながらメールの文章が文字化けしてしまって読めません」
「いや、内容はいい。送信先のメールアドレスと……この掲示板に返信されたメールアドレスと同じのを探せばいい」
部下はこちらの考えに驚き、立ち上がる。
「すぐに見てきます」

5分程で部下は戻って来た。
「ありました!」
やはりこのメッセージは自殺した生徒か。
「メールの中身はどうなっている?」
それで改竄の詳しい情報がわかる。
だが、部下の顔は暗くなっていく。
「……残念ながら文字がぐちゃぐちゃになっていて読めません」
文字化けというやつか。
詰んだ、か。
一応、自分もそのメールを見る必要がある。
「俺にも見せてくれ」
生徒のパソコンの前に着き、画面を見る。
「これがハッカーと思われる生徒に送られたメールです」
やはり文字化けして読めない。
「やはりこれでは………うん?」
メールの文章の一部は文字化けしていないようだ。
10:00と書かれていた。
「これは……時刻か?」
という事は午前10時にサイト改竄を行うという事か。
後は日付か。
どこかに日付が書いてあれば…。
10:00の前の文字を確認する。
『?』と数字が繋がっており、2桁と思われる。
これが日付だとすると……。
壁にかけられたカレンダーを見る。
明後日は翌月になってしまい、一桁になってしまう。
明日だ。
「わかった。サイト改竄は明日の午前10時だ」

翌日。
「くそっ」
愚痴を吐きながら自分のデスクに座る。
部下はこちらの苦い顔を見て察したようだ。
「だめでしたか?」
「ああ。推理小説の読み過ぎと言われたよ」
ハッカーによるサイバーテロが行われる可能性があると上司に報告したが、聞く耳は持たなかった。
はっきりとした証拠は無いし、これに関する予告も無い。
だが、サイバーテロが行われるのは確かだ。
「あとは日本のサイバーセキュリティを信じるしかありませんね」
部下の言う通りだ。
だが、自分はそんな力は無いように思えた。

午前9時55分。
サイバーテロが行われる5分前。
パソコンを前に部下に座らせ、結末を見届ける形となった。
「あとは……どこのサイトを攻撃するか、ですね」
この手のサイバーテロはどこで終わるのか想像つかない。
唯一のてがかりは闇サイトの掲示板に書き込まれた『政府のサイト』という言葉だけだ。
「政府というと……首相官邸のサイトですね」
自分の考えと一致し、うなづく。
身に着けている腕時計を見る。
9時58分。
「とりあえず首相官邸のサイトを出してくれ」
部下はキーボードを叩き、首相官邸のサイトにアクセスする。
何も変化は無い。
まだサイバーテロは行われていない。
「あとは……祈るだけです」
警察が祈ったら終わりではあるが、それしかなかった。
腕時計は10時を知らせる。
「もう一度見てくれ」
「はい、更新します」
再びアクセスをした。
何もないままであってほしい。
ほんの2分前のままであってほしい。
画面は、黒かった。
「なん……だ……これ…」
部下は呟いた。
自分も同じ気分だ。
黒い画面に、数名の少年の顔写真が掲載されている。
そしてそれぞれの顔写真の下に名前が表示されていた。
名前を見た時、全身が凍りついた。
いじめの加害者達の名前だ。
ハッカーの狙いは、これか。
「首相官邸はいい、警察庁!」
部下は慌てて警察庁のサイトにアクセスする。
同じ画面だ。
「総務省、復興庁、国土交通省、とにかく全部の府省庁!」
全てのサイトにアクセスした。
全てあの画面だ。
このサイトは一体何人の人が見ている?
そして、その中の内の何人が情報をばら撒く?
もはやこの情報を止められない。
「………これが……あの子の復讐なのか?」
呟くしかなかった。
どうする事もできない、巨大なうねりをただ見る事しかできなかった。

半年後。
部下と共にとある家の前に来ていた。
あのいじめの加害者達のリーダーだった生徒の家だ。
しかし、その家は売り家となっており、人の気配は無かった。
あのサイバーテロによって家庭内は崩壊し、引っ越したのだろう。
きっと他の加害者達も同じような結末を迎えたのだろう。
「あの自殺した生徒は復讐を果たして満足してるんでしょうね」
「いや、本当はやりたくなかったんじゃないかな」
部下の呟きに反論をした。
「何故です?わざわざハッカーに依頼をしたのにですよ?」
最初は部下と同じように復讐を果たしたと思った。
だが、改めて考えると復讐はもう一つの結末だったのではないだろうか。
「あの刺しっぱなしになっていたUSBメモリだよ」
パソコンを消去する程の用意周到さに比べるとあのUSBメモリはお粗末だ。
「もしかしたら、最後に残っていた良心からの『止めてほしい』というメッセージだったんじゃないかな」
自分にはそう思えた。
だが、真実はもう分からない。
真実を知る者はいないのだから。
「いくぞ、次の現場が待っている」
加害者の家を背にして、歩き出す。
ふと、視線を感じ、後ろを向く。
加害者の家だった建物から、誰かが見ているように見える。
その瞳は加害者か、その家族か、それとも自殺した生徒か。
何も考えずに、前を向いて再び歩き出す。
もうここには事件は無い。
それだけだ。

後書き

この話を書くきっかけとなったのは同僚の死でした。
詳しくは書けませんが同僚の死に対してどう思うべきか、どう見るべきか。
結論は出ていません。
ただ、忘れる事はしないだろうし、できないのかもしれません。
『死』というものがぐるぐると廻っているのを感じます。
それでは次回にて。