jack

「ねーねーっ、また出たんだって!」
「…うるせーな。『また』って何だよ」
ボリボリと頭をかきながら返事をする。
「出たのよ、ほら!」
委員長は新聞の一面を見せる。
「21世紀の切り裂きジャック?」
「そうよ。それに今回は私達の住んでるすぐそばじゃない」
事件のあった場所を読む。
「…ああ、ここの隣町じゃねえか」
「と、いうわけで」
「…何だよ」
「委員長の私は集団登校及び集団下校を考えてるの」
「…別にそこまでしなくてもいいんじゃねえか?小学生ならともかく、高校生の俺らはよ」
「狙われてるのは子供じゃなくて大人よ?」
「それもそうだけどよ。そう簡単に切り裂き魔が近所に来るわけねえし」

ずんっ
ナイフが腹部に刺さっていく。
「んーっ!……っ!」
刃の根元まで刺さったナイフが一気に抜かれる。
そのナイフは再び腹部の別の場所に刺さる。
「…っ……っ…!」
刺された女性は声を上げることができない。
想像を絶する痛み。
襲われている恐怖。
ナイフは別の場所、別の場所へと刺さる。
びくっ、びくっという痙攣に近い震えを起こし、崩れ落ちる。
刺した人物は笑っていた。
「夜中は女性一人じゃ歩いちゃいけないよ。いい教訓になったろう」
その男はそう言い放ち、その場を歩いて離れる。
孤独となった女性は、動くことなく、そのまま。

「ねーねー!」
「…また出たんだろ?」
うんざりしながら返事をする。
「昨日よりもっと近くで起きたじゃない」
確かに、今回はさらにこの町に近づいてきている。
「まるで犯罪が歩いてるみてえだな」
「何言ってんのよ。犯罪は人が起こすものよ」
「…まあな」
「というわけで、ほら」
委員長は差し出したのはプリント用紙。
「何だこれ」
「今日から集団登校と集団下校する事になったから」
「……まさか…お前が?」
「まあ、私の提案でもあったけど、先生達の提案でもあるのよ」
「…面倒くせえ展開だな」
「……何よその言い方」
「………寄り道できねえって事だよ」
「寄り道はしちゃダメよ」
「子供じゃねえんだから」

そして夕方。
帰ろうとすると、委員長がどこかへ行く。
「おい委員長。どこいくんだ?」
「ちょっと委員会があるから先に帰ってもいいわよ」
「言いだしっぺのお前が集団下校しないでどうすんだよ」
「そんなに遠くないし、一人で帰れるわよ」
「…じゃあ、先に帰ってるぞ」
「うん、じゃあね」
委員長は手を振って教室を出た。

委員会が終わって、足早に正門へ向かう。
正門には、誰かがいた。
「あれ…どうしたの?」
「どうしたのじゃねえよ。もうちょい遅かったらホントに帰ってたぞ」
「…わざわざ待っててくれたの?」
「……ほら、帰るぞ」
「あ、ありがと」

歩きながら空を見上げると、すでに暗かった。
「あーあ、もう真っ暗かよ。秋になるとホント早えな」
「…ねえ、もし…通り魔とか出たらどうする?」
「……お前を犠牲にして逃げる」
「えーっ、ひどいわよそれ」
「ヤバイ、と思ったら逃げればいいだろ。楽勝だよ楽勝」
「そんな簡単に逃げれたらみんな死なないわよ」
T字路の曲がり角を越えると、何かに気づいた。
角に誰かがいる。
誰か、ではない。
誰かと誰かだ。
女性が壁によりかかっている。
もう一人は男。
カップルがいちゃついてるように見えた。
が、次の瞬間、その先入観は破棄された。
男が手にしたナイフが、女性の喉下を突き刺す。
刃の半分まで刺さり、一気に抜く。
途端、喉から

びゅうっ

びゅうっ

呼吸をしようとすると血が噴水のように噴き出す。
女性は悲鳴を上げる事も出来ず、地面に突っ伏す。
通り魔
一連の動きでやっと理解できた。
「……っ……」
委員長はその刺激的な光景にこちらに身体そのものを預ける。
「おっ、おい!」
気を失っている。
こちらの声に通り魔が気づいた。
「おや、見ちゃったのかい…残念だねえ…」
「……」
「…ついてないねえ。若いのに死んじゃうなんてさ」
「……へへっ…」
「…おや、怖さのあまりに笑いがでちゃったのか」
「…ちげーよ」
ポケットからオイルライターのようなモノを取り出す。
「やっとニセモノに出会えたよ」
「ニセモノ?ああ切り裂きジャックは100年も前の人物だからね」
「…ジャックは生きてるよ」
「馬鹿かいあんた。100年も前だし、それに切り裂き魔のくせして刃物なんか…」
男の会話は途中で止まった。
話す途中でちらりと見た、刃物を持っている右手が無い。
何処に?
視線を落とす。
あった。
地面に。
「今時の切り裂きジャックは刃物なんか使わない」
「え…な……あ、ぎ」
叫びたかったのだろうが、声を止められた。
顔がぎゅうっと何かに挟まれ、声が出ない。
さらに、体中が何かに縛り付けられ、動けない。
「静かにしてくれよ。叫ばれちまったらこいつは起きちまうし、近くの住民にも気づかれちまう」
何かを持って引っ張っているように見えた。
さっき持っていたライターから、何か線のようなものが見える。
「こいつかい?特殊な鋼線でね、ぐいっと引っ張れば粘土を糸で切るみたいにできる代物なんだけどね…」
溜息をついた。
「悪いけど、犯行は切り裂き魔だろ?だからナイフでやってあげないと」
地面に落とされた手からナイフを取る。
もうひとつライターを取り出し、鋼線をナイフに結びつけ、ナイフを空へと投げる。
上には木の枝があり、枝を飛び越えて手元に戻る。
「こんなもん…かな」
くいっ、くいっと鋼線を引く度にナイフの高さが変化する。
やがて高さは胸の高さに。
「さてと…ニセモノでもわかるだろ?俺が何をするか」
瞬時に把握した。
反対側にナイフを投げ、振り子の反動でこの胸を刺す気だ。
「うーっ!うーっ!」
「叫んでも無理だよ。助ける気なんかないし」
けらけらと笑う。
「ま、どうせ犯罪者を殺しても悲しむ人なんか誰もいないし」
くるっと後ろを向き、ナイフを手にする。
「あんたもついてないね。本物に出会うなんて、さ」
ナイフを反対側に投げた。
「バイバイ」
反対側に投げられたナイフは、頂点に達し、そして振り子が動く。
ナイフは一気に加速し、その勢いは簡単に刺せるスピードに達した。
さくっ
その音はどれに対応した音だろう。
服か、皮膚か、肉か、それとも心臓か。
「……」
男は膝を地面に付け、そのまま前のめりに倒れる。
ライターの着火のボタンを押す。
火が出る代わりに、鋼線が掃除機のコードのようにライターに巻き戻っていった。
「……さて、と」
委員長の方を見た。
まだ気絶している。
「よっと」
委員長を抱き上げ、その場をゆっくりと離れた。

近くの公園に着き、委員長をベンチに座らせる。
「おい、起きろ」
ぺちぺちと頬を叩いて起こさせる。
「ん……んん…」
ぱっと目が開いた瞬間、
「あっ!」
「うおっ」
いきなり大きな声を出された。
予想外の行動だ。
「びっくりさせんなよ。ったく」
「あ…通り魔は!?」
「お前が気絶した後、うまい具合におまわりさんが来てな、通り魔は逃げちまったよ。俺もお前持ったまま走るの大変だったぜ」
都合のいい嘘を言い、とりあえず委員長を安心させようとする。
「…う……」
「な、何だよ」
委員長の瞳から涙がぽろぽろとこぼれる。
こぼれ落ちそうになった途端、ぎゅっと抱きつかれる。
「…っく…えっ…ぐっ……」
……女の子だもんな。
人が殺される瞬間を見ちまったんだもんな。
「大丈夫、大丈夫」
ぽふぽふと頭を撫でてやる。
しばらくすると泣き止んだようだ。
「……ん…」
ふと、泣き止ませる事に夢中だったが、ある事に気づいた。
「……お前って……胸わりとあんだな」
大きいとまではいかないが、制服越しでも胸の柔らかさを感じる。
「っ!」
ばんっと突き飛ばされた。
「えっち!ばか!すけべ!変態!」
「えっちはともかくバカとスケベと変態は余計だろ」
「知らない!もうっ!」
委員長はぷいっとそっぽを向いて公園を出ようとする。
「通り魔」
びくっと委員長が反応する。
実際には通り魔は死んでいるし、切り裂き魔そのものは自分自身。
「気絶する程怖がるんだから無理すんなって」
「………」
「ほれ、一緒に帰るぞ」
「…ちゃんと家まで送ってよね」
「はいはい」
「『はい』は一回」
「はい」
委員長の手を握り、二人で家路へと向かった。

100年前に存在した切り裂き魔ジャック。
その子孫である自分。
その血は皆無とはいえる程薄い。
だが、血は殺しを求めている。
犯罪者を対象として血の飢えを抑える日が続く。
誰にも知られてはいけない。
そう、誰にも。

後書き

実際の切り裂きジャックは100年程前の人物です。
それを子がいるとして20年単位にその子孫を産むとして、血の濃さを半々にしていくと今現在では血の濃さは1.5パーセント程度になります。
薄いが、確かに存在する濃さです。
今という時代だからできるタイミングかもしれません。
なおジャック(仮称)と委員長の年齢は高校2年です。
この『jack』は前後編というスタイルになっています。
次で終了となります。
次の冒頭はかなり悲惨な内容なので見たくなければガッと下に一画面分送るのをオススメします。
それでは次回にて。