jack 3

目が覚めた。
頭がぼうっとする。
夜更かしはしていないので寝不足という感覚ではない。
じゃあ何故?
鈍さを感じるのは意識だけではなかった。
腕が鈍く感じる。
足も鈍く感じる。
神経が手やつま先にまで届いていない。
こんな感覚は初めて。
意識がはっきりしてくる。
それと同時に腕や足の痛みも感じてきた。
何かにぶつけたのだろうか。
右手を見ようと目の前に持ってこようとした。
しかし、いつものように腕を動かしても『右手』が見えてこない。
首を動かして直接見た。

ない。
手が、ない。
肘から先が、ない。
その代わりに肘の部分に包帯が巻かれてある。
左手を見た。
ない。
右あし。
ない。
ひだりあしっ
ないっ
なんで
。どうして

『あら、お目覚めね』
こえがした。
ききおぼえがある。
みおぼえのあるひと。
「かっ……かっ…」
こえがでない。
「かえっ…して…」
うでも。あしも。ぜんぶ。
おうちに、かえして。
わたしはこんがんした。
でも、このひとは
『残念だけど、だめよ』
わらっていった。

クラスの委員長が聞いてきた。
『ねえ、今朝の新聞見た?』
『…無いっていうか……新聞取ってねえんだよ』
『あ、そっか』
『で、どんな記事だ?』
『またこの近くで女子高生が行方不明になったんだって』
『へえ…』
『…へえって何よ』
『またって事は以前もあんのか』
『そっか。この学校に転校してきたばっかだもんね』
『この学校じゃ行方不明になってるのはまだいないのか?』
『うん、今のところは』
『ふーん…』
『…なによそのふーんって』
『ん、不幸中の幸いというやつか』
『意味ちょっと違うわよ』

放課後。
授業が終わる。
『あーっ、やっと終わった…』
ぐっと背伸びをしながら委員長の方を見る。
委員長は束になった用紙を持っていた。
『委員長、まだ仕事か?』
『うん、これを保健室の先生に渡せば終わりだよ』
『手伝うか?』
『ううん、いいよ。軽いし』
『そっか、じゃあな』
『また明日ね』
委員長は教室から出て行った。
『……保健室、ね』

書類を保健室の先生に渡した。
『はい、ありがとうね』
『それじゃ失礼します』
『あ、ちょっと待ってもらえるかしら?』
『え?』
先生は自分の鞄から水筒を取り出す。
『麦茶作り過ぎちゃって…捨てるのももったいないから少し飲んでもらえるかしら?』
捨てるのは確かにもったいない。
飲むだけなら時間もかからないし、いいだろう。
『いいですよ』
『ありがとう、助かるわ』
コップに麦茶を注ぎ、手渡される。
量もそんなにないので一口で飲み干す。
『ごちそうさまです』
コップを返そうと手を伸ばす。
ふと、視界が揺らぐのを感じた。
眩暈だろうか。
しかし、その揺らぎは収まらず、続く。
『あ…れ……』
こんな事は初めてだ。
揺らぎはどんどん酷くなり、意識が薄れていく。
先生…助けて…。
口に出そうとするが、意識が無くなった。

『さて…と』
ベッドの下から大きめのトランクケースを取り出し、委員長を中に入れる。
保健室の扉に鍵をかけ、そのまま自分の車へと向かった。

自宅に戻り、車を駐車しているガレージに入る。
鼻歌を歌いながら洗浄をする。
ここ最近は上玉が多い。
当分は不自由のない生活が出来る。
報酬をもらって転任届を出せば怪しまれる事なく逃走できる。
『へえ、それで手足を切り取るんだ』
声がした。
この家には誰もいないし、委員長はまだ寝ている。
声のした方を向く。
自分の通っている学校の学生。
『あ、あら、勝手に先生の家に上りこんじゃだめよ』
『ふーん、誘拐した委員長は入ってもいいんだ』
学生の言葉はこちらの言葉を無視して確信を突いてくる。
『何を言っているの?』
『あんたなんだろ?ここ最近起きている連続誘拐犯は』
『…何を馬鹿な事を言っているの?今朝の新聞の女子は違う学校の生徒よ』
『…あの女子ってさ、部活やってたんだろ?練習試合にうちの学校に来たところへ運悪くあんたに捕まったんだ』

先生、いや犯罪者は顔の表情が変わった。
変わったというより、本来の姿に戻ったのだろう。
『……あなた、どこまで知っているの?』
『そうだな……あんたは誘拐犯ではなく、人身売買のブローカーなんだろ?』
余計な部分は切り取って商品にする。
もし自分がここへ来なかったら今頃委員長は生き地獄を味わっていただろう。
『とっととこの町から出てってくんないかな?何も見なかった事にしてやるから』
『…あなた…自分の立場をわかってないわね!』
ブローカーの荒い声が室内に響く。
『んー?わかってるよ。十二分に』
こういう展開になる事は分かっていた。
所詮犯罪者だ。
ブローカーがリモコンのようなものを取り出、スイッチを押す。
直後、ガチンという音が背後から聞こえた。
入口の扉をロックされた。
ロックされたのは入口だけではないだろう。
『ははっ、犯罪者が防犯システムを使うとは世も末だな』
何ともユニークだ。
『…終わりよ』
ブローカーは洗浄していたモノ、鉈を両手で持つ。
『悪いけど、終わるのはアンタだよ。せっかく親切にしてやったのにさ』
『ほざけっ!』
鉈を振りかぶってこちらに接近してきた。
直後、ブローカーの四肢が切断され、ぼとぼとと落ちる。
そして、胴体も落ちた。
『言ったろ?終わりだって』
悠長に洗浄をしている間に準備をしておいた。
『ぎっ……がああぁぁっ…!』
痛みに悶絶しているブローカーの腹部を踏みつける。
『あんたは人を殺していないから、俺はあんたを殺せない』
だが、それ以上の鬼畜は行っている。
『だから、あんたにやられた女の子達と同じようにしてやるよ』

夜。
トラックが建物の入口に到着する。
トラックから降りたのは男性2人。
『今回のブツは……あれか?』
一人が指を指した方向には少し大きめの箱。
『多分そうだろ、外に置いてあるってメールにあったからな』
『で、今回の出来は……うえっ』
箱の中身を開けた男がうめき声を上げる。
『どうした?』
『なんだよ、年増じゃねえか』
『前回は上物だったからしょうがねえだろ』
『だからって極端だろ』
残りの男が箱の中身を見る。
『どらどら……ああ、こりゃあ確かに不良品レベルだな』
『売れるのか?』
ブツの口を開ける。
ブツの意識はほぼないため抵抗は無かった。
『抜歯処理は完璧か、でもブツがブツだから豚や馬とヤる見せ物小屋レベルだな』
『……そういや前回の上物はどうだったんだ?』
『お前いなかったから知らねえか、運ぶ途中で舌噛んで自殺しちまったよ』
『それじゃゴミ処理行きか』
『いや、たまたま死姦マニアがいたからそいつに売ったよ』
『…生きても地獄、死んでも地獄か』
『ブツの未来なんざ気にしたらこの商売やってけねえぞ』
『そうだな、とっととずらかるぞ』
箱を荷台に積み、トラックはすぐに走り去っていった。
建物の影からゆらりと人が出る。
『……バイバイ』
委員長をおぶり、家路へと向かった。

『……ん………あ、あれ?』
委員長が目を覚ました。
『おっ、やっと目が覚めたか』
『あ、あれ…?保健室にいたはずなのに…』
『ったく、俺はあの後なんとなくで保健室行ったらぐーすか寝てたぞ』
『えっ!?』
『ぺちぺち叩いても起きねーからこうやってお前をおぶってお前ん家に向かってんだよ。この辺か?』
『え、えっ……もうちょい先』
『あいよ』
『ね、ねえ、歩けるから下ろしてよ』
『馬鹿言え、保健室の先生に過労だろうから無理させないでって言われたんだ。歩かせねえよ』
『そ、そんなに疲れてたのかな…』
『疲れてなかったら倒れねえだろ』
『ご…ごめんね』
『ん、気にすんな。あ、あと保健室の先生さ、明日から転任だってさ』
『あ、そうなんだ』
『急に決まったから、すぐに引っ越さなけきゃならねえみたいだ』
『そうなんだ…』
『おい、この辺か?』
『うん、ありがと』
おぶっていた委員長を下ろす。
『歩けるか?』
『うん、大丈夫』
『じゃあ、また明日な』
『うん、また明日ね』
委員長と別れ、家路へと向かう。

途中、空を見上げた。
曇り空のため、月は見当たらない。
空は黒かった。
この町にも黒なる者は存在する。
けれど、黒はただの黒。
本当の闇に飲まれる存在だ。
今度飲み込む黒はどこにいるのだろう。
『……バイバイ』
街灯の当たらない、闇の中へと身を隠した。

後書き

シリーズ化する予定ではありませんでしたが、続編という形で書きました。
今回は四肢切断という猟奇要素を絡めてみました。
今回の話を考えているうちに、『猟奇の世界には美学が存在するのだろうか』という事を考えていました。
生きた魚を素早くさばいて活け造りにするという残虐な行為を美学と考えている人は多いでしょう。
猟奇の世界にもこのような美学として考えられるものがあるのだと思います。
…ただまあ自分はその手の本とか映像とか見ないのでセオリーみたいなのは正直わかりません。
今回の小説を書いているうちにそれを強く感じたのです。
それでは次回にて。