ここだ。
住所が書かれているメモを頼りに目的の場所に着いた。
記載されていた住所にはビルが建っていた。
周辺のビルと比べるとやや寂れている。
そのぐらいの方がむしろ目立たなくていいのだろう。
目的の場所は3階。
エレベーターを探したが見当たらなく、階段を上った。
3階に着くとすぐにドアが目の前にあった。
ドアにはシール状の看板が貼っており、『JOKER』と書かれている。
メモを再度見直す。
メモにもこの店の名前が書かれている。
間違いない、ここだ。
ドアホンがなかったのでノックした。
事前にアポをとっているので留守ではないはず。
どうぞ、という声がドアの向こう側から聞こえる。
ドアノブに手をかけ、ドアを開ける。
ドアを開けると、部屋の中は『事務所』という雰囲気だった。
この手の類の店はやはりこういうデザインが必須なのだろう。
先程の声の主が椅子から立ち上がり、こちらへ近づいてくる。
20代のような容姿をしているが、今どきのチャラチャラした若者とは違い、しっかりとした感じだ。
彼がここのオーナーなのだろうか。
『電話をくれた方ですね?こちらへどうぞ』
勧められた椅子に座り、彼は対面の椅子に座る。
雑談はしない方がいいか。
そのほうが手早くいくはず。
『あの…ここでお金を貸してくれると聞きましたが…』
『はい、電話で希望していた金額はもう用意しておりますよ』
妙にスムーズだ。
逆に気持ち悪く感じる。
『あの、いいんですか?こんな簡単に大金を貸して』
彼はにこりと笑う。
『大丈夫です。うちで金を借りれる条件は日本人である事だけですから。お客様の信用を第一にしておりますよ』
条件は日本人である事だけか。
確かに、外国人だと海外に逃亡されてはどうする事もできない。
『それでは、お借りします』
『はい』
用意されたバッグの中身を確認する。
確かにある。
『バッグはサービスですので返さなくてもよろしいですよ』
椅子から立ち上がり、入口のドアを開ける。
『ありがとうございました』
彼は深々と頭を下げる。
彼を背にして事務所を後にした。
その後、自己破産をした。
借りた金でなんとかできるかと思ったが、そう簡単にはいかない。
それが世の中であり、現実だと痛感させられた。
ただ、その直後に思いもよらない転機がやってきたのだ。
新しい職に就くと同僚の女性と親しくなり、結婚をし、子供もできた。
仕事も景気による影響か、給料が大幅に上がった。
皮肉な事に、自己破産が自分の人生を救った。
夕食を家族としていると玄関のチャイムが鳴る。
『あら、誰かしら』
『俺が行ってくるよ』
誰だろうか。
『はーい』
玄関のドアを開けた。
『どうも、お久しぶりです』
あの男だ。
何故ここに来たのか。
『6年振り…かな』
『そうですね』
用件は早めに聞いた方がいい。
『何の用です?』
『あ、失礼しました。平たく言えば借金の取り立てに参りました』
『借金?俺はもう自己破産をしているんだぞ』
『勿論その事は知っています』
『ならもう取り立てはできないだろう?』
『普通の会社はそうでしょう。ですが、私の会社は違いますよ』
男は胸ポケットから紙を取り出す。
『利息もだいぶ溜まりましたし、そろそろ返済をしてもらわないと大変ですよ?』
男から紙を受け取る。
紙には『借用書』と書かれており、金額は異常だった。
『ふざけるな。こんなに借りてない』
『ですから、利息が溜まっているのですよ』
だからといって借りた金額よりも一桁多い。
『借金が溜まっているのはわかった。だが、もう借金は無いんだ。帰ってくれ』
『……それが、あなた様の返答でございますね?』
男の目つきが変わったように見えた。
だが、ここでひるんでは負けだ。
『ああ、そうだ。とっとと帰ってくれ。というか二度とうちに来るな』
『…かしこまりました』
男は一礼して帰っていった。
まったく、なんて男だ。
これだから借金取りは嫌だ。
夕食を続けようと部屋に戻った。
『あなた、誰だったの?』
『ああ、借金取りだったよ。自己破産したのにまだ諦めてない』
『大丈夫かしら…』
『大丈夫さ。法律を盾にすれば怖くないよ』
『おとうさん、さっききた人、わるものなの?』
娘を不安にさせてしまったようだ。
『なあに、また来たらお父さんがやっつけてやるさ』
この幸せを壊されるわけにはいかない。
妻と娘のため、そして自分のため。
妙に寒い。
妻は寒がりだからエアコンをつけるはずはない。
それに風を感じる。
どこかの窓が開いているのだろうか。
…妙だ。
それに布団も固い。
異変を確認しようと目を開けた。
無い。
布団がなくなり、地べたで寝ていた。
それだけではない。
家で寝ていない。
ここは…どこだ?
森の…中?
昨日は酒を飲んでいないから酔っぱらったわけではない。
夢遊病なのだろうか。
『お目覚めですか』
声がした。
聞き覚えがある。
それもごく最近。
起き上がり、辺りを見回す。
いた。
昨日のあの男だ。
『お、おい、これは何だ?あんたは知ってるのか?』
男はにこりと微笑む。
『もちろん。これは私がした事ですから』
男がした事?
『何だと?たった数時間でこんな所まで俺を運んだってのか』
『いいえ、数時間ではございません。一週間です』
『…一週間?』
男の言っている意味がわからない。
『あなた様に注射を定期的に打ち、睡眠を続けてもらいました』
『なんでそんな事をしたんだ』
『簡単です。あなた様から借金の返済の妨害を防ぐためです』
『だから眠らせたってのか!ふざけるな!』
『さて、これであなた様の借金はなくなりました。ありがとうございました』
男が発言をするたびに怒りが込み上げてくる。
『おい、借金はもうないと言ったろ!とっとと家に帰せ!』
『家ですか?ございませんが』
『……はあ?』
男は意味不明な言葉を発した。
『ふざけるな、あんたなら知ってるだろ、その…一週間前に俺と会った所だ』
『あそこなら他の方に売られましたが』
男の言葉に頭が揺れる。
『売られた…だと?』
『はい、家財道具一式。あれで借金の一割になりました』
『そんな事が許されると思ってんのか!あれは俺のものだぞ!』
『ですから、あなた様の所有物を金に変換したのです』
男の言葉が妙に怖く聞こえる。
喋り方はまったく変わらない。
なのに、恐怖を感じる。
『さて、残りの九割ですがまずはあなたの奥様を換金しました』
平然と恐ろしい言葉を聞いた。
『おい、俺の妻だぞ!換金って何だ!』
『ですから、あなた様の所有物でしょう』
所有物。
自分の中で何かがぐしゃぐしゃに壊れていく。
『そこそこ若く、通にもウケがいいので借金の3割になりました』
『おい!妻はどうなったんだ!』
『ああ、そう言うと思いまして、現状を録画しておきました』
男はそう言ってタブレット型の端末を取り出す。
『30分前に撮ったばかりのできたてほやほやの映像です』
男は端末を操作して後、画面を見せた。
頭が激しく揺れる。
俺の妻が、犯されている。
泣き叫んでも、容赦のない行為。
時折、自分の名前を呼んでいる。
『…おい、なんだこれは』
『ええ、業界の中でも屈指の大きさを持った男性達との輪姦です』
『なんてことをするんだ!レイプじゃないか!?』
『まだかわいいものですよ。この後文字通りおもちゃ同然になるのですから』
男の胸ぐらをつかむ。
『おい、返せよ!俺のだぞ!』
『もう売られましたからあなたのものではございません』
『そん…な…』
『ちなみにこの後の予定ですが数年はこれが繰り返され、最終的に見せ物として扱われます』
最後の言葉が妙に響いた。
『見せ物?』
『ええ、犬や馬との交配、最終的にはライオンの食事です』
『食事だと?それって食われるんじゃないのか?』
『正解です』
『貴様っ!』
男を殴りつける。
『私を殴っても意味はありませんよ』
男は殴られた頬をさすりつつ言い放つ。
確かにそれはわかっている。
けれど、どうしても殴りたい。
殴らなければ、どうにかなってしまいそうだった。
『さて、あなた様の奥さんを換金したのですから、今度は』
男の発言に気づいた。
そうだ、妻の次は…。
『おい、娘は!?娘はどうしたんだ!?』
『はい、娘さんはまだ若いですからね。借金の5割に換金しました』
『なんて事をするんだ!娘はまだ4歳なんだぞ!』
『業界では若い方が売れますからね』
男は再び端末を操作する。
『こちらも30分前の映像です』
画面を自分に見せた。
『う、うああああああっ!』
やめてくれ。
娘を、娘を、壊さないでくれ。
『やめろ、やめてくれ!』
『録画されておりますから意味はありませんし、届いたところで逆に盛り上がってしまいますよ』
何故だ。
何故こんなことに。
どうしてこんな目に遭わなければならないのか。
『さて、家財道具が1割、奥様が3割、そして娘さんが5割と、これで借金の9割が返済されました』
そうだ、あと1割がある。
『な、何を俺から取ったんだ!?』
『手っ取り早く、あなた様をマグロ漁に連れて行けばいいのですが、それだとあなた様の命に関わります。最近では死んだ方もいますのでね。臓器密売も同様です』
男の口から何が出てくるのかわからない。
まるで、これから自分になんらかの裁きを与える閻魔のようだ。
『そこで、いいアイデアを考えました。あなた様の存在を換金したのです』
自分の存在。
意味がわからない。
今確かに自分はここにいる。
寒さも感じるし、絶望も感じている。
『存在…って……なんだ』
『正確には、こちらですね』
男は胸ポケットから複数の紙を取り出し、こちらに見せる。
書類のコピー。
住民票、パスポート、運転免許証、保険証…。
『ま…まさか……』
『ええ、あなた様自身の情報を転売したのです』
『そ、それじゃ俺は今なんなんだ?』
『ただの人間、というのが正しいですね』
『ひ…と……』
『さて、これであなた様の借金はなくなりました。ありがとうございました』
ふと、小さな可能性を見出した。
全て取り戻せるかもしれない。
『な、なあ、また金を貸してくれ!さっきまであった借金と同じ額を!そうすれば…』
『…申し訳ありません。あなた様は日本人ではありませんのでお金はお貸しできません』
男の一言は自分の何かを壊した。
『あ…あはは……はは……はは…』
『それではまたのお越しをお待ちしています』
男がどこかへと去って行った。
そんなのはどうだって良かった。
『はははははははっ!ハハハハハハッ!』
可笑しい。
こんなに可笑しいのか。
こんなにも、絶望が可笑しいとは。