壱原

『ぜえ…ぜえ…』
景色は白い斑点の嵐。
それ以外は闇。
『おい、こっちで合ってんのか?』
二史納(にしな)が先頭を歩く壱原(いちはら)に問う。
『正直合ってるかどうかはわからん』
壱原の答えに五木(いつき)が溜息をつく。
『だろうな』
『どっかに小屋があればな』
六車(むぐるま)が都合のいい展開を言う。
『もうっ、みんなコースから外れるのが悪いのよ』
三浦(みうら)が事の発端を言う。
上級コースを滑っていたが、こっちの方が面白そうという事でコースアウトしたのが原因だった。
やがて雪は吹雪となり、前方5メートルも見えない程に激しくなっていった。
スキー板は邪魔な物となり全員捨てた。
荷物もロッジにまとめてあるので素手に等しい。
『……おい、アレ何だ?』
四ノ宮(しのみや)が指を指した方向には、建物があった。
しかも明かりが点いている。
『誰かの別荘か?』
『それにしたって人里離れ過ぎだろ』
六車の発言に二史納が反論する。
どのぐらい歩いたのかはわからないが、確かな事は山奥にいるという事。
『とにかく泊めてもらおう』
壱原の提案に全員が賛成した。

建物の近くまで来ると、その建物はかなり大きかった。
最初はペンションやログハウスといったイメージを持っていたが、それ以上の大きさだった。
洋館。
この言葉が一番しっくりくる。
『大きいわね』
誰もが言いたかった事を三浦が代弁する。
『とっとと入ろうぜ。今日はもう寒いところにはいたくない』
五木の言葉に煽られ、入口のドアをノックする。
『すいませーん!誰かいませんか!』
少し待ったが、誰も応答してこない。
『すいませーん!』
先程よりも強くノックをする。
しかし、それでも来ない。
『いないわけないよな?』
『当たり前だ、明かりが点いてるんだからな』
六車の間抜けな疑問に二史納が答える。
『鍵は?』
『あれ…開いてるな』
三浦の質問に四ノ宮が行動で答えた。
鍵がかかっていなかった。
ドアを開けると、中は暖かった。
全員が建物の中に入り、ドアを閉める。
全員体中についている雪を払う。
『あー…疲れた…』
五木はその場に座り込む。
『スキーはもうこりごりだな』
『そうだな』
二史納の言葉に六車がうなづく。
もしこの建物が無かったら死んでいたのかもしれない。
『さて…と』
壱原は建物の奥へ歩き出す。
『壱原君、どこへ行くの?』
三浦が呼びかける。
『この建物のオーナーと話してくる。このままじゃ不法侵入だしな』
『あたしも行こうか?』
『いいよ、俺一人で』
壱原は手を振って建物の奥へと進んでいった。

しばらく歩くと、違和感を感じた。
人の気配がしない。
これだけ大きい建物なら人の気配はするはず。
『すいませーん、誰かいませんかー』
自分の声が通路に響く。
いつの間にか自分の中に恐怖という感情がわきあがっているのに気付いた。
この建物は、不気味だ。
早く人を探そう。
そうすればその不安も消える。
通路の曲がり角を曲がると、誰かがいた。
良かった、人がいた。
『あの、すいません。俺達遭難してしまって…』
人が振り向く。
直後、大きな手がこちらの顔をつかむ。
『ぐうっ』
そのまま、通路の壁に押しつけられる。
何故。
無断で入ったのがそんなに悪い事なのだろうか。
しかし、その疑問は一瞬で消え、代わりに尋常ではない恐怖が湧き上がる。
人は、斧を持っていた。
その持ち方が狂気を帯びていた。
『た…たすけ…』
斧は自分の首を狙って振りぬかれた。

『しかし遅えな、壱原の奴。もう10分はたつぞ』
二史納はすでに圏外になっている携帯電話の時間を見る。
『まだ見つからないだけかもよ』
『確かにこの家っつーか館は大きいけど、それでも人ぐらい簡単に見つかるだろ』
『まさか化物に襲われたりしてな』
六車が冗談を言う。
『遭難して見つけた建物はモンスターの巣窟だったってか?映画じゃあるまいし』
『しょうがねえな、俺も探してく…ん?』
四ノ宮は何かに気づく。
『おい、あれ……何だ?』
指を指した方向は窓だった。
『何だって……何も見えないぞ』
窓は吹雪でよく見えない。
『チラッて何か見えるじゃねえか』
よく見ると、明かりがゆらゆらと動いている。
『……あ、本当だ。人かな』
ライトを持っているのだろうか。
その明かりは徐々に近づいているように見える。
全員がそこの窓に近づく。
明かりを持った人物が見える。
『この家の人か?』
『だと思う。遭難するのは俺達ぐらいだろ』
『…ねえ、あの人何か持ってない?明かりとは逆の方の』
三浦が持っている物に気づく。
左手には明かりを持っており、右手には何かをぶらさげて持っていた。
『単なる荷物だろ?』
誰もがそう思った。
が、外にいる人物は、そのぶらさげたものを突如、こちらに投げてきた。
『うわっ』
とっさに全員窓から離れた。
ガシャンという音をたてて、窓が割れた。
投げてきたモノが、全員の前に転がる。

見覚えのある物。
いや、見覚えのある人。
それが、人ではない形状になっている。
首しかない。
首しかない、壱原だった。