六車

『ほ、本気か!?』
『本気だ。でないと俺達が殺される』
『し、しかしよ、そうすると俺達は殺人犯になるんだぞ!?』
『正当防衛でどうにでもなるだろ。それに他の仲間の死体がそれを証言してくれるようなものだ』
『………そうだな』
六車がこの殺意に乗った。
『しかし、あいつをどうやって殺すんだ?相手は銃を持ってるし、それに時間もあまりない』
殺人犯がこちらを見つけるのは時間の問題だろう。
この部屋全体を見回し、使えそうな物を探す。
あった。
『…考えがある』

足音が聞こえてくる。
『…一発勝負だ』
『ああ』
『いくぞ』
部屋から顔を出し、通路を見回す。
いた。
殺人鬼が銃を構える。
すぐに通路から出て、奥に続く曲がり角へと走る。
殺人鬼が追う。
が、殺人鬼の動きは別の何かによって壁へと叩きつけられる。
六車だ。
わざとドアを開けっ放しにし、殺人鬼が入口の前に来たら六車が小型のテーブルを持って体当たりをしたのだ。
すぐそばにあった観賞用の大きめの花瓶を渾身の力で殺人鬼の頭に殴りつける。
花瓶は割れ、殺人鬼は床に倒れ込む。
『六車!押さえろ!』
『ああ!』
すでに六車は殺人鬼を押さえていた。
割れた花瓶は尖り、刃物のようになっていた。
『みんなの仇だ!』
喉元へ勢いよく刺す。
ずぶりと破片は喉に刺さり、殺人鬼は口をぱくぱくさせる。
手をこちらに伸ばすが、その手は力を失い床に落とした。
『……し…死んだ…のか?』
六車が聞いてくる。
『…ああ、確実に』
マンガのように生き返る事はないし、間違いなく致命傷だ。
『…終わったんだな』
『ああ』
『……これでやっとかえ……』
六車の声が止まった。
自分の声も止まった。
理由は、六車の身体が縦に裂けたからだ。
裂けた原因は鉈によるものだった。
その鉈は誰かが持っている。
六車の後ろに誰かがいた。
殺人鬼。
今、確かに殺して、確かにその場にいる。
もう一人いた。
『あ……あ…ああ…』
終わったはずの悪夢が、再開した。
『あ…ああぁぁぁっっ!!』
その場から走り去る。
訳が分からなくなってきた。
逃げなければ。
この世界から。
そうでなければ、死ぬ。
入口まで逃げ、入口の扉を蹴破る。
勢いよく開き、外へと走る。
扉のすぐ横に誰かが倒れているのを見たが、それどころではなかった。
外はうっすらと明るい。
夜明けが近い。
雪は降っていたが、吹雪というほどではなかった。
懸命に走ろうとするが、足が雪に持っていかれ、思うように進めない。
よくテレビドラマで雪の中で逃げようとしているシーンがあるが、あれは本当だったのか。
『死にたくない…死にたくない!』
もはや頭の中は生き残る事しか考えてなかった。
後ろからもう1人の殺人鬼が迫る。
雪山での生活によって、深く積もった雪の上を歩くのは簡単なようだ。
『うわっ』
足がもつれ、3度目の転倒をする。
足が自分の足ではないようだ。
体力も、精神も尽きようとしていた。
殺人鬼はどのぐらい近いのだろう。
立ち上がり、後ろを向く。
殺人鬼が眼前にいた。
鬼のような形相で、手にしていた鉈を振り下ろそうとしていた。
『うわあっ』
横に飛ぶように鉈から回避する。
もう殴る事すらできない。
せいぜい突き飛ばすだけだ。
これが最後の抵抗になる。
『うわああぁぁぁっっ!!』
叫ぶと同時に最後の力で殺人鬼を突き飛ばした。
…もう…だめだ…。
殺されると思ったが、殺人鬼を突き飛ばした方向には、木があった。
その木には、鋭くとがった枝があった。
寒さによって凍りついた枝は槍のようだった。
ずぶずぶと殺人鬼の喉に刺さる。
殺人鬼は何かをいいたそうだったが、声は出なかった。
両手をこちらへと伸ばす。
だが、直後にその両手はだらん、と下に落ちた。
……死んだ…の…か……?
意識がゆっくりとなくなっていく。
…疲れたな。
その場に膝をつき、前のめりに倒れ込む。
雪は不思議と冷たくなかった。