ラストメッセージ

ボフッ、ボフッと雪が膝まで埋まる。
………どのぐらい歩いたろうか。
あれから………。
いや、考えるのはよそう。
余計な思考は体力を消費する。
今は警察の手から逃げるのみだ。
歩くのを一旦やめ、前方を見る。
荒れ狂う雪、吹雪しかない。
森、小屋等の吹雪を回避する物は視界の中に無かった。
両手を動かしてみる。
だが、どんなに動かそうとしても、実際に動くのはピクピクと指が軽く動いているだけだった。
すでに手の感覚は無いようなものだった。
だが、ここで立ちつくしているわけにはいかない。

しばらく歩き続けていると、足の感覚がなくなってきた。
足も限界のようだ。
そう思った直後だった、
がくん、と膝が曲がり顔面が雪に埋まる。
べっ、と口の中に入った雪を痰のように吐き、匍匐全身する。
すでに腕もやられていた。
軽装で山に入る事自体間違っていたのだろう。

強姦、そして2人を殺害。
ほんの数時間前の自分のしてきた事だ。
相手は何歳だったろう。
改めて思い出すと特定の年齢が定まらない。
20歳かもしれないし、もしかしたら16歳、もしくはそれ以下。
最近の女性が大人びているせいだろう。
強姦をした女性もそんな1人だった。
ただ、色気のある下着を着用していたのでそれ以下という事はないだろう。
体格も女だった。
ただ、顔は場合によっては少女に見えた。
そんなアンバランスが自分の性欲を刺激して、あんな行為に入ったのだろう。

行為後、自分の過ちに気付き、後悔をする。
だが、後悔は一瞬で消え、後悔の代わりとなったのが不安だった。
警察に通報されたら。
そんな不安が頭の中をよぎった。
そして強姦した女性の首を締めた。
抵抗はなかった。
すでに犯されたという精神的苦痛によって抵抗心はなかったのだろう。
汚された。
そんな事を思いながら、死んだのだろう。

それが1人目。
2人目は殺そうとした時には恐怖はなかった。
すでに1人この手で殺した。
殺した人数を数える指が1つ増えただけ。
2人目は男性だった。
女性を絞殺後、そこから離れようとした時、見られた。
男は驚きの表情、そして犯罪者を見るような目つきだった。
あの時の自分はそんな風に見えたのだろう。
男が逃げ出す。
通報する気だ。
通報されたら間違い無く捕まる。
そうはさせない。
男を追う。
男の方が速いのでは、という恐れもあったがそれは走り出してから微塵も感じなかった。
こちらの方が速かった。
目の前に男の背がある。
それを捕まえ、倒す。
男はアスファルトの地面に頭をぶつけ、動かなくなった。
当たり所が悪かったのだろう。
その時、ある考えが浮かぶ。
殺そう。
2人目を。
すでに動作はその行為を行っていた。
頭をつかみ、近くの壁に勢いよくぶつける。
鈍い音と共に手に衝撃が起きる。
それを続ける。
そしてぶつかる音は水気を増し、パキッという音がした。
頭蓋骨が割れる音だろうか。
さらに続けると、音は劇的に変わった。
ぐちゃっ、ぐちゃっという何か柔らかい音をしはじめた。
そしてぶつかる度に小さい何かが飛び出る。
血はすでに出ていた。
血よりもほんのわずかだけ大きく、固まった何かがぴゅっと出ていた。
…もういいだろう。
仮に生きていたとしてもまともな生活は望めない。
むしろ死んだ方が幸せかもしれない。
手についた血をズボンで拭い、その場をふらふらと離れた。

そしてそのまま雪山へと向かった。
その結果がこれだ。
助けを呼ぶ事ができず、かといって引き返す事もできない遭難。
それは死を意味していた。
さきほど見つけた岩によりかかる。
わずかではあるが吹雪を遮断できた。
だが、手遅れだった。
足、腕の感覚はまったくない。
義手や義足をつけている人はこんな感じなのだろうか。
まぶたが重く感じる。
身体の震えもまったくない。
人体の生命維持がかろうじて残っている状態だ。
………。
ふと、吹雪が止んだ。
静かだった。
雪も降っていない。
完全な静寂。
気持ちのいい静けさだ。
無音という不愉快が起きそうなものではない。
ふと、何かの視線を感じた。
その視線の元を目で追う。

少女がいた。
服装は白いワンピース。
軽装もいいところだ。
ただ、違和感はなかった。
自分も軽装だったのか、それとも死の境地に立っているからか。
少女が何かを喋っている。
何を言っているのかは聞き取れなかった。
しかし、口の動きでわかった。
読唇術を備えているわけではない。
心で理解した。
そんな感じだ。
そして少女からのメッセージを全て聞き取った。
…………ああ、そうか。
そういう事か。
ゆっくりと目を閉じた。

『次のニュースです。
一昨日、女性に暴行を加え、男性を殺害した指名手配中の男性が今朝山中で遺体で発見されました。
警察の捜査によりますと、山に逃げ込んだが雪が降っており、山中で凍死したとの事です。
現場では犯人以外に足跡がありましたが兎のものと思われ、事件には関連のないもので…』

後書き

読み終わってなんとも言いようの無い感覚があればそれで正解です。
今回はすっきりしないものを意識して書いていましたから。
死ぬ間際に少女からのメッセージ。
それが今回のタイトルでもあります。
どんなメッセージだったのか?それは全くわかりません。
このプロジェクトの終わりと思っている方もいますが終わりではありません。
不定期連載という形で当分は続けていきます。
それでは次回にて。