『次は巣鴨、巣鴨……』
電車内にアナウンスが流れる。
ちらりと時計を見た。
5時過ぎだ。
12月24日、クリスマス・イブでもある。
出張も終わり、まだ時間もあるので少しどこかで時間を潰そうと考えていた。
渋谷や原宿、それに池袋に行く気はない。
自分にとって苦手だった。
あまり流行に敏感でもないし、流行に興味は無かった。
別に年をとっているわけではない。
せいぜい3、4歳ぐらいの差がある程度だ。
しかし、たった3、4歳の差がこうもあるとは。
そんな事を考えつつ、暇潰しに電車内の乗客を見回す。
やはり今の時間ではサラリーマンやOL等で大半だった。
クリスマス・イブとはいえやはり社会人は仕事だろう。
そんな中に、ふと自分の目にとまる人がいた。
女性だ。
しっとりと黒く長い髪。
それに合わせるかのような黒のロングコート。
そしてそこから出ている白く美しい手と足。
黒と白。
一見地味ではあるが、調和するのは難しい。
ふと、女性が横顔を向いた。
美人だ。
美人の基準は決まっていないが、俺の中ではかなりの美人だった。
美人であると同時に可愛さがあった。
女性という部分と女の子という部分。
それぞれがほぼ均等にあるという感じだった。
あまり好みの女性というのは決めてはいなかったが、この女性はかなりの好みの部類に入っていた。
その時、目的の駅のアナウンスが流れた。
そろそろか。
座席から立ち上がり、ドアから出る時、最後に女性の方を見た。
なんとなくさびしそうに見えた。
あれから3時間。
暇つぶしは終わり、あと2時間ぐらいで新幹線に乗る時間になった。
特にやることもなくなった。
東京駅へ戻るか。
最寄の駅へと足を運んだ。
電車内は混雑していた。
とても座れそうにはない。
東京駅まではかなりの距離になる。
当分は立っていることになりそうだ。
軽くはあと溜息をついた。
乗ってから2、3駅過ぎ、次の駅に止まった。
乗り込んだ段階ですでにぎゅうぎゅうで、ドアの辺りに立っていた。
せいぜい小柄な人1人ぐらいで満杯だ。
ドアが空き、丁度1人、自分の前に入ってきた。
その人は黒のコートだった。
黒いコート。
まさか…。
あの女性だった。
黒いコートに白い手足。
まぎれもなくあの人だった。
まさかこんな所で会えるなんて。
しかもこんな近くで。
たまらなく嬉しかった。
幸せを感じている時に、急ブレーキがかかった。
よろめいて後ろの柱にぶつかる。
痛みが背中に走る。
背中の痛みに遅れて胸の辺りに軽い痛みが襲った。
ぎゅうぎゅうの状態で急ブレーキがかかったため、前の人、つまり彼女がもたれかかってきた。
苦しそうな顔をしている。
なにかできればいいのだが。
急ブレーキが終わり、少しだが狭苦しさはなくなった。
ふと、名案が浮かんだ。
「あの……」
「え…?」
いざ考えてみたら、よく彼女に話しかけれたものだ。
だが、自分も満員で苦しいためか、そんなのを考える余裕はなかった。
「俺の後ろにまわって」
「こ、こうですか?」
狭い中、彼女は俺の後ろに入り、座席の端の捕まる辺りに移動した。
そして、その上に俺が覆い被さるようにした。
「これで、大丈夫ですよ」
彼女は自分を守ってくれた事にはっとした。
「あ、ありがとうございます…」
初めて彼女の声を聞いたが、かわいらしい声だった。
違和感がなかった。
そして何駅か過ぎ、彼女から声がかかった。
「あの……私、そろそろ降りないと…」
「あ、ああ」
電車が駅に着いた。
幸い、彼女側のドアが開き、彼女はすぐに降りた。
気がつくと、自分も降りていた。
ここで別れたら一生会えない。
そんな気がした。
辺りを見回す。
どうやらこの駅に降りたのは2人だけだった。
「あっ………」
彼女は俺が降りたことに気付いた。
「…………」
俺は何も言えなかった。
「先程はどうもありがとうございました」
彼女は深々と頭を下げた。
「いや、いいよ」
それに合わせて俺も頭を下げる。
彼女が顔を上げる。
先程は満員電車のため、ほとんど顔を見ることができなかったが、ここでようやく真正面の顔を見れた。
「?私の顔になにか……」
「あっ、い…いえ、その……綺麗だなと…」
「えっ……そんな、からかわないでください」
うかつに本音が出た。
そのせいで彼女が赤くなってしまった。
「あ、すいません……変な事口走って…」
「い、いえ……でも…………嬉しいです」
気がつくと、雪が降っていた。
「雪………か」
「綺麗ですね………」
「うん……」
「……あの……………どうして…」
「え…」
「どうして、私と…関わろうとするんですか」
「そ……それは……」
好きだから。
けど、言えなかった。
「私は…………………なんですよ…」
「え…」
なんて言ったのか聞こえなかった。
「私は……こうなんです……」
彼女は着ていたコートを取り、俺に見せた。
彼女の中は…………何もなかった。
裸でもない、無だ。
得体の知れない、黒い何かがあった。
恐怖を覚えた。
これは……一体……。
「あなたも……なのね」
彼女がぼそりとつぶやき、そして、
「あいつと同じように裏切ったのね!」
怒鳴った。
怒りと憎悪、そして嫌悪。
その全てが入り混じった表情だった。
そして次の瞬間、突風が起きた。
あまりの風の強さに目を覆った。
風が止み、目を開けた時には彼女はいなかった。
白い手足も、黒のコートも、そして無の空間も。
その後、駅員に聞いて、彼女の言った言葉が理解できた。
数年前に彼女は死んでいた。
数年前のクリスマスに、彼女は付き合っていた男性と待ち合わせをしていた。
だが、男性は別の女性と過ごしていた。
だが、彼女はそんな事を知りもせず、ずっと待ち続けた。
そして疲れが出て、足を滑らして急行で通過する列車に―――。
それから毎年クリスマスには彼女の霊が現れるそうだ。
駅員との話が終わり、外へ出た。
雪はまだ降っていた。
そして風が吹いていた。
その風は泣いているように感じた。
クリスマスには奇跡が起こるとある。
だとすれば、俺のねがいは――――――――――。