紅い衝動

梨「ふわあ……」
梨花が大きな欠伸をする。
退屈だ。
やる事がないと逆に苦しい気がする。
地獄には針の山とか血の池があるが、一番の苦痛は『無』そのものではないだろうか。
退屈には『刺激』がない。
美「お姉ちゃん、ご飯できたよ」
梨「はーい」
梨花は立ち上がり、食事の場である台所に向かった。



梨「……ねえ美夏」
美「なあに?」
美夏がこちらに向く。
………
梨「ちょっと、いい?」
梨花が美夏に近づく。
美夏は梨花の手に持っている何かが気になった。
美「お姉ちゃん、手に持っているの、な」

言い終わる直前だった。
梨花が持っていたもの、ナイフが美夏の胸を斬る。
元々そういった人を斬るものではなかったが、『斬る』行為としてはそれなりに効果があった。
美夏の着ていたブラウスが裂け、その下に来ていたブラも斬られ、その下の胸も。
瞬時に美夏に痛みが襲った。
美「あああっ!!」
痛みに耐え切れず、椅子から崩れ落ちる。
その痛みに遅れて血が流れ出る。
傷を手で抑える。
美「おねえちゃん……どうして…」
梨「駄目じゃない…避けたりしちゃあ!」
ドンッ!
美夏の胸を斬ったナイフは、勢いよく美夏の右腿に刺さる。
刺さるのではなく、ねじこむような形だった。
美「あ……ぐ…あ――っっ!!」
梨花はナイフを抜き、美香の両肩をつかみ、そのまま床に押さえつける。
美「痛い!痛いよ!お姉ちゃん!!」
梨「ぎゃあぎゃあわめいちゃ駄目でしょ!」
パンッ
美夏の頬をはたく。
梨「近所迷惑でしょ」
美「えぐっ…えぐ…っ…」
涙が出てくる。
痛みか、それとも姉の仕打ちにか。
梨「まったく、騒いだ後は泣いちゃって…。まあいいわ。わめかなくなったんだから」
梨花は微笑んだ。
梨「ねえ、美夏」
美夏はその微笑に嫌悪を感じた。
梨「死んでちょうだい」
さーっと血の気が引いていく気がした。
殺される。
このままだと殺される。
その直後だった。
何かが芽生えた。
今まで考えた事もない事が。
梨「ねーえ、いいでしょ?私達姉妹だし」
梨花はのんきに話している。
抑えられているが、右手は動く。
梨「ねえ、黙ってちゃ駄目で」
ガツン
梨花の顔に椅子が当たった。
当たるという言葉は違う。
ぶち当たる、だった。
美夏が椅子の足をつかみ、それで梨花に向けて殴った。
その衝撃は強く、馬乗りになっていた梨花が吹き飛ぶ。
それを美夏は見逃さなかった。
素早く離れ、キッチンにあった包丁を掴む。
梨「美夏あっ!!」
声がした。
鬼の形相をした梨花がこちらに襲ってきた。
美「お姉ちゃん!!」
美夏は包丁を梨花に向けた。

美夏の手にしていた包丁は梨花の喉をかききった。
そして梨花の手にしていたナイフは美夏の喉に深く刺さった。

梨「み…か…っ」
喋る度に、ゴボゴボと血が出る。
美「おね…ちゃ…」
美夏はぽろぽろ泣いていた。
美「ごめんなさい……ほう…ちょう…なんか…つか……て」

梨花は涙を流した。
なぜ、なぜ、なぜこんな事になったのか。
どうして、こうなってしまったのか。
どうして、大切な美夏を殺そうとしてしまったのか。
わからない。
全てがわからない。
梨「み…か……みかあ…」
美「…おねえちゃん…」
美夏は梨花に向けて手を伸ばす。
梨花も美夏に向けて手を伸ばす。
あと10センチ…8センチ…
だが、美夏の手はそれ以上伸びなかった。
美夏の瞳は何もなかった。
無への方向を見ていた。
梨「…み……か…」

梨「あ…あ……ああああ―――っっっっっっ……」
叫んだ。
それが己の命を縮める事になっても。
その叫びの強さによって喉からびゅう、びゅうっと血が吹く。
梨「う…ごぼっ」
血を吐いた。
叫びは止まった。
手も動かなくなった。
そして、2人の手は重なることは無かった。

『あらあら、2人とも寝ちゃって……』
その2人の死体を見て、くすくすと笑う女性がいる。
『…もったいないわねえ……このお肉達…』
その微笑みは、かわいらしくもあり、恐ろしくもあった。