殺戮に至る病

「ひどいもんだな…」
これで何件目だろうか。
数えるのも嫌になってきた。
そしてこの凄惨な光景を見るのも。

この1ヶ月間、猟奇殺人が多発している。
ある者はメッタ刺し。
またある者は鋭利な刃物で手足を切断されている。
そして今回のガイシャは拷問を極端にしたタイプ。
指には裁縫の針山の如く針が数本刺さっており、全ての爪がひきちぎられ、体中は痣だらけ。
これ以上拷問をする場所がない程までに痛めつけられていた。
だが、この狂った殺人には唯一と言える共通点がある。
『時間をかけて殺された』
つまり被害者は即死ではなく苦しみながら死んでいった。
この異常とも言える行為をする犯人はそう何人もいないだろう。

「警部、警部」
はっと我に帰った。
「ああ、何だ?」
「犯人の指紋らしきものと体液を見つけました」
「本当か?今までまったく手がかりがなかったのに」
「はい。それと被害者とは別の血が」
「至急鑑定してくれ。おそらく同一人物だろう」
「わかりました………しかしひどい有り様ですね。何も針を刺す事はないだろうに」
部下が発した言葉は予想外だった。
「何だ、知らないのか?指に針を刺すのは拷問では必要不可欠だ」
「そうなんですか?」
「指先には神経が詰まっているからな。爪の間の所を針が軽く刺しても激痛を与えられるからな。簡単に強烈な痛みを与えられるから気絶していてもこれで強引に起こせる」
ただ、部下の言った言葉には納得した部分もあった。
一つの指に何本も刺す猟奇的な部分を。

予想通り鑑定の結果、指紋に付着していたわずかな体液と血液は同一人物のものと確定した。
そしてそれと同時に犯人は単独犯である事も確定した。

「問題は犯人がどこにいるか、ですね」
「ま、それは現場を元に推理するしかないな。ここですよって犯人が足跡を残す事はないだろう」
この地区の地図を広げる。
そして犯行があった場所に×印をつけていく。
今回のを含めると全部で8箇所。
その×印を全てつけていくと、
「全て近所…だな」
最初の×から今回までのをマジックで線でひいていくと、円形を作っていた。
そして、今回と最初の印との差が他と比べて距離があった。
「……もう1人殺して円を完成させる気ですかね」
まさにそれだ。
円を作っている。
「急ぐぞ、×と×の間はどこだ?」
「ここは…工場跡です。人が通らないから殺害も容易です」
「よし」
椅子から立ち上がる。
急がねば。

「この辺りだな」
「ただ、この辺りは……」
部下の言う通り、工場跡はいくつもあった。
「仕方ない、ひとつずつ探し……」
ふと、少し向こうの方に何かが落ちてあった。
「おい、あれ…」
「あれは……ハンドバッグですかね?」
すぐ側まで行くとそれは確かにハンドバッグだった。
ハンドバッグを拾い、調べてみる。
破損している部分はなく、捨ててしまったわけではなさそうだ。
「壊れてはいない。捨てたわけではない」
「……では、何らかの理由があって落としたと?」
無言でうなづく。
犯人はここのどこかにいる。
「どうやら、この近くだ」
周辺を見まわす。
倉庫は2つ。
どちらかの倉庫に犯人がいる。
「お前はあの倉庫を見てくれ。俺はあっちの倉庫を」
「わかりました」
「気をつけろ。相手は殺人犯なんだからな」
「ええ。警部こそお気をつけて」
「ああ、お前もな」
散開し、倉庫を目指して足を運んだ。

倉庫の扉は鍵がかかっていなかった。
ゆっくりと扉を開ける。
中は暗かった。
耳を澄ますと、誰かの呼吸が聞こえた。
それも2つ。
1つは穏やかな呼吸。
もう一つは………激しい呼吸だ。
ここにいる。
中に入り、ゆっくりと扉を閉める。
倉庫の扉というのはやけに響く。
犯人に侵入されたとわかれば捕まった女性がどうなるか。
なんとしてでも助けねばならない。
そう考えた直後だった。
照明が点いた。
気付いたのか?
倉庫の奥に誰かがいた。
男性と、壁に磔になっている目隠しをされている女性がいた。
女性の手のひらにはナイフが突き刺さり、まるでキリストのようだった。
男がくるくるとナイフを回し、足を刺そうとしていた。
「動くな!」
その声に反応したのか、動きが止まった。
男はこちらを見た。
おとなしそうな男だ。
ただ、近年の凶悪犯罪はこういうような男がその代表となっている。
「……どうやら気付いたみたいだね」
「さすがにあんだけ人を殺してれば次の犯行現場もわかる」
「そしてハンドバッグからここの倉庫を突き止めた」
「…………わざとか」
「ああ。そろそろ欲望は満たされた」
「欲望?殺人がか」
「そう。誰もが持っている『殺戮の病』」
「病だと?ふざけたを言うな!そんなものは俺は持っていない!」
「いや、『殺戮の病』は誰にでもある。それがまだ発症していないだけ」
「…殺人犯はよくそんな事を言う。おとなしくお縄につけ。その女性を離せ」
「………何故、彼女は『助けて』と言わないと思う?すでに気付いているはずだが」
「……耳を壊したか」
「頭がいいね。少し長めの針で両耳を貫く。こうすることで聴覚を破壊する」
「…貴様………それでは」
「そう。聴覚を破壊されれば平行感覚も失う。すでに歩く事さえもできない」
それは人としての権利を失った事になる。
それは死にも等しい。
いや、死以上の殺戮だ。
「さてと、僕はきっと君に撃たれるんだろう。その銃で」
「いや、これは殺害するためのものではない。犯人がこちらに応じない時に使うあくまで非常用だ。お前のような殺戮のためではない」
「……そう教え込まれたものだとしたら?」
「何?」
「その銃は本当は人を撃ち殺すためにある」
「ばかな。そんな異常な考え方があるか!」
「おえらいさんがそうなのさ。さすがにそれを公にしたんでは大問題だからね」
「お前の言っている事は全てデタラメだ」
「真実を知らない君はそう思うだろう。では何故殺人が起きる?」
「それは殺意があって……」
自分の言った事にはっとした。
男の言う通りだった。
「彼らは殺意によって『殺戮の病』が発症し、あのような凶悪犯罪に手を染めた」
「お前の言う通りだとしても、病気のせいにはならん。犯罪は犯罪だ」
「そう。しかし次に気になるのはその病の行方だ」
「行方だと?ウイルスのように死滅するだけだろ」
「いや、『殺戮の病』は不治の病だ。死滅はしない」
「ずっと殺し続けるのか」
「そう、発症者が死ぬまで。しかし…殺された場合は感染する」
「感染?」
「風邪のように人から人にうつる。それも…」
手にしていたナイフを女性の腹部に叩きつけるように刺す。
女性が悲鳴をあげる。
痛い、痛い。
「猟奇的なものほど感染した人間は発症しやすい」
ナイフをぐるりと回す。
女性の腹部に刺したまま。
悲鳴は叫びへと変わり、より悲痛になっていた。
「やめろ!」
素早く拳銃を抜き、銃口を男に向ける。
「いや、君は撃てない」
刃の向きを変えたナイフを一気に真一文字に斬る。
もはや女性は声にならない声を出していた。
斬りつけた部分はかなり深く斬られており、腸がだらんと外へと出ていた。
「君は発症するのを恐れているからだ」
はみ出た腸をつかみ、一気に引っ張る。
ブチイッという嫌な音をしながら倉庫の床へぶちまけられた。
女性が断末魔の叫びを上げた。
倉庫、いやこの世界に響くようだった。
そしてその叫びが終わった頃には彼女は息を引き取っていた。
「君の考えが消えるからだ」
「貴様!」
怒りを感じていた。
守れなかった事に。
そして男の行いに。
すでに引き金にかけた指に力が入っていた。
怒りに身を任せている自分がいた。

パン、という破裂音が響いた。
銃口から煙がゆらりと立つ。
その銃口から放たれた弾丸は男の心臓に命中していた。
「……これで君も、僕達の仲間だ」
男はそう言った後、床に倒れた。
男はそれ以降動かなかった。
息が荒い。
なんとか息を整えようとする。
自分は間違っていない。
自分は間違っていない。
自分は間違っていない。
感染なんかしない。
あいつの言った事はデタラメだ。
扉が激しい音と共に開く。
部下が来たのだろう。
「警部!大丈夫ですか!!」
「…ああ」
部下が近づく。
そして今の状況を見る。
「………どうやら、事件は終わったようですね」
「そうだな…」

誰かの声がしたような気がした。
「何か言ったか?」
「いえ、何も言ってませんが?」
「そうか、ならいい」
溜息をつく。
終わったんだ、事件は。

また誰かの声。
いや………………………………………………………………………………………………自分の心の声だ。
つい先程おろしていた銃を持っていた腕が上がる。
そして銃口は部下を狙っていた。
「え」
「え」
自分の行動に声が出た。
部下が驚きの声を上げる。
そして何のためらいもなく引き金がひかれた。
ぱん、ぱんと2発。
うめき声と共に部下はその場に崩れ落ちる。
「け…い………ぶ…」
弱々しい声が呼んだ。
その声に反応して、銃口は倒れている部下に再び狙いを定めた。
そして引き金をひいた。

その瞬間、自分の表情がどんな顔をしているのか、理解した。
笑っていた。

後書き

大変後味の悪い作品で申し訳ありませんが、これが書きたかったモノです。
この時期ハードなものを書きたい一種の症候群にかかっていたわけです。
解説は特に書く必要はないでしょう。
書きたかった。
ただそれだけなんです。
それでは次回にて。