IF YOU WERE HERE
中編

食、茶、妙………。
何を意味する文章だろうか。
いや、文章ではないかもしれない、この3つの文字は関連が無い独立した文字。
それに、土蔵で見つけた紙には字の両サイドに点が置いてある。
これは一体何の意味があるのだろうか…。



涼「綾さん、解読できたよ」
綾「えっ、本当ですか」
涼「うん、おそらく」
綾「一体どうやって?」
涼「あれは当て字だったんだ」
綾「当て字?」
涼「そう、普通では漢字にできないものを漢字にしたもの、それが当て字なんだ。それがわかればあとはその元の字に直せばいいだけ」
解読した文章の書いたノートを取り出す。
涼「まず最初の『東方より越後荷重の和合わせ』は『東方より1・5・20の数合わせ』……」
1+5+20、すなわち26。
涼「次の『基の木の下で皆見向き』は『その木の下で南向き』」
木の下で南向きに立てということになる。
涼「そして、次が苦労したところだけど、『鐘軌五肢召す芳香に』はこれだけじゃ何の意味かわからないけど、少し字を変えて、『書置き五示す方向に』ならなんとなくつじつまがあう」
そして、次の『互の路』は『五の字』、そして『意思』は『石』。
涼「通して読むと、東から数えて26本目の木の下に南向きに立って、五が示す方向に五の文字を刻んだ石のその下に金塊が埋まっていることになる」
綾「……」
ん、綾さんが固まった状態に……。
涼「あ、綾さん?」
綾「………え?」
涼「なんだか、ぼーっとしていたけど」
綾「あ…ごめんなさい。ちょっと、驚いて…」
涼「でも、最後に残った謎があるんだ」
綾「『五』の意味と『書置き』の『書』の意味ですか?」
涼「うん、『書』は『食、茶、妙』の紙だと思う」
綾「五は時計の五時じゃないですか?」
涼「いや、あの時代だから12支で表すよ」
綾「そうですか……」
涼「1……5…20………1……5…20……1…5…20…………26………」
一瞬、頭の中で何かがひらめいた。
涼「そうか、わかった!」
綾「えっ、本当ですか?」
涼「ああ、小栗はアメリカにも渡ったことのある外国通だったんだ。『食、茶、妙』を英語に直してみて」
綾「食は『EAT』、茶は『TEA』で……」
涼「そして妙は『TAE』」
その文字を紙のそれぞれの文字の両端にある点のところに配列してみると、こうなる。

E   A   T

T   E   A

T   A   E

綾「これは……」
涼「アルファベットは26文字で、Aは1、Eは5、Tは20番目ということだよ」
綾「それじゃ、5というのはEの事ですか……?」
涼「そう、そしてEが示す方向は左前方45度の方向なんだ」
そして、1・5・20の数合わせという言葉にもつじつまが合う。



そして俺はすぐに辰夫さんにこの事を話し、すぐに現地へと向かった。
外は大雨で、豪雨ともとれそうな雨量だった。
まずは26本目の木を探す。
辰夫「1、2、3、4………」
そして辰夫さんの数える数が26に達した。
辰夫「これです。これが東から数えて26本目の木です」
コンパスを持って南向きに立つ。
そして先程のEの方向を示す紙を見る。
その方向を目でたどると、大きい岩があった。
あれは……猿岩だ。
そして、暗号の続きである『五の字』、すなわちEだ。
Eの文字を書いた石が猿岩のどこかにある。



猿岩にたどりつくと、そこはもう土砂が発生しそうな状態だった。
これは……登るのは危険だな。
涼「いったん雨が止むまで登るのはやめましょう。危険です」
辰夫「そうですね」
すぐさま俺達は家へ戻った。



家の中で、体を拭いていると、
辰夫「でも変だな、子供の頃からあの岩山でずっと遊んでいましたが、『E』の文字が刻んである石なんて一度も見たことがありません」
そうか、あの岩山は文字通り自分の庭だからな。
綾「あの岩山に限らず『E』の文字を見たことはありませんでしたか?」
辰夫「いえ、Eの文字どころかそんな文字らしきものは見たことがありません」
涼「じゃあ、俺の解釈違いということかな………」
辰夫「とりあえず、明日になったらもう一度調べましょう」



そして翌日。
前日の豪雨はすっかり止み、快晴となった。
岩山に辿り着くと、そこにはEの文字が彫られた石があった。
涼「あった………」
辰夫「あそこは確か松の小枝がはっていた場所だ……。今までそれに隠れて見えなかったんだ」
涼「それが昨日の豪雨で崩れて流され、今初めてその姿を現したんだ…」
とりあえず、Eの石の所に登り、調べてみる。
よく見ると、隙間があった。
石を動かしてみると、中が空洞になっていた。
辰夫「多分、虎穴と呼ばれていた穴は、この空洞につながっていたんでしょう」
動かしただけでは狭くて入れなかったので、石を落とした。
中を除くと、ずいぶんと深かった。
中に降りると、真っ暗ではあるがなんとなく広さはあった。
涼「辰夫さん、ライターあります?」
辰夫「あ、はい。あります」
辰夫さんからライターを借り、火をつける。
ある程度中の様子が見えた。
ごつごつとした岩肌、結構広さのある空洞、そして複数の黒い箱があった。



箱を開けると、黒い布に包まれたものがあった。
その布を解いた瞬間、中からまばゆい光が溢れた。
金塊だ。
それも、徳川家の家紋の刻まれた金塊だ。
辰夫「本当にあった……」
俺は金塊に彫られている文字に注目した。
涼「行軍守城用、勿作尋常費(じんじょうについやすことなかれ)の銘がはっきり見える。間違いなく本物だ」
全部で19個、約3トンの金塊が俺達の目の前にあるんだ。
辰夫「…………どうします?」
さすがに辰夫さんも動揺しているようだ。
涼「やっぱり運び出すんだろうな。とりあえず1個、警察に届け出て誰のものになるか決めてもらうんだ」
辰夫「誰のものって……発見した人がもらえるんじゃないですか?」
涼「いや、違うんです。結構複雑なんで後で言いますよ」
綾「でもこれ…どうやって持つんですか?1個165キロじゃ私達では…」
涼「多分…これだと思うよ」
俺は金塊の両サイドに指を指した。
両サイドはくぼみが出来ていて、何かを通すような感じでできていた。
涼「この形からしてくぼみの部分に丸太をはめて、それを数人で担いだと思うよ」
綾「それならなんとか動かせますね」
辰夫「それじゃ、このくぼみに合う丸太を探しましょう」



俺達は家に戻り、丸太を探していた。
辰夫さんがある程度のを探している時、俺は埋蔵金に関しての本を読んでいた。
辰夫さんが丸太を持ってきた。
辰夫「こんなもんでどうでしょうか」
涼「……この埋蔵金、俺達のものにはなりませんね」
辰夫「え?」
涼「埋蔵金は所有者のいない場合はそのまま発見者のものになるけど、今回の金塊は刻印などから明らかに徳川幕府のものなんだ」
つまり、徳川に関係のある人、もしくは法人に帰属することになる。
辰夫「じゃあ、我々には一銭も?」
涼「いえ、そういうわけでもないんです」
発見者および発見場所の土地の所有者は物件の価格の100分の5より少なからず、20より多からざる報労金を請求できるというきまりがある。
つまり、5〜20%のお礼がもらえるということ。
現在金1グラムの価格が1700円で3トンの金塊の一割は、ざっと5億。
涼「とにかく民法241条の規定によって埋蔵金を1週間以内に所轄の警察署長に届け出なければならない。この手続きを怠ったら報労金の請求権を失うし、埋蔵金の所有権も取得できなくなってしまう…」



そして猿岩に戻り、金塊を取り出そうとした。
だが、岩山に着いた途端、綾さんが俺にしがみついてきた。
涼「あ、綾さん?」
一体、どうしたんだろう。
綾「………何か……怖いんです」
怖い?
涼「怖いって、何がだい」
綾「それが……わからないんです………もしかしたら…涼さんが死んでしまうような気がして……」
涼「綾さん、大丈夫だよ。俺が死ぬわけないさ」
綾「で…でも……」
涼「それだったら、綾さんはここで待っていて。ここなら何が起きても逃げれるし」
綾「……わかりました…でも……本当に気をつけて」
涼「うん、わかった」
そして俺と辰夫さんが取りにいくことになった。



中に降りると、ひとつ違和感があった。
開けたままの金塊の箱が閉まっていた。
あれ?おかしいな……。
涼「辰夫さん、さっき出る時に蓋をしませんでしたか?」
辰夫「いえ、私はしてませんよ」
変だな、無意識のうちに俺がしたのかな。
綾さんは蓋には触れてなかったし……。

『涼さんが死んでしまうような気がして…』

ふと、綾さんの言葉を思い出し、嫌なものを感じた。
涼「辰夫さん。早く済ましましょう」
辰夫「ええ」
その時、妙な音がした。
上を見てみる。
上を向いた瞬間、何かが当たった。
石だ。
すぐさま別の石が降ってくる。
まずい!崩れる。
涼「辰夫さん!逃げましょう。金塊は後回しです!」
すぐさま外へ出る。
さっきまで小石しか降っていなかったのが、岩へと変わっていった。
そして岩はあっというまに空洞内を埋めていった。
完全に埋まってしまった。
もし、綾さんが言わなかったら俺は生き埋めになっていただろう。
いや、生き埋めどころじゃない、死だ。
綾さんにお礼を言わないとな。
ふと気付くと、綾さんがそばにいた。
いつの間にいたんだろう……まあいいや。
涼「綾さん、さっきはありがとう。綾さんのおかげっ……!?」
突如、綾さんが俺の首を締める。
涼「あ、綾さん……な…に、を……っ」
綾さんの顔は人形のように生気が感じられない。
さらに首が締まる。
涼「ぐうっ」
手を放そうとするが、まったく動かない。
こんな力、綾さんでは出ない。
まるでプロレスラー並だ。
…………憑依?
テレビで見たことがある。
だったら……綾さんの意識を…。
涼「目を…さま…せっ……綾…!」
パンッ。
綾さんの頬を叩く。
それと同時に、締めつける力がなくなった。
涼「綾……うっ…ゲホッ…さん……」
綾さんの顔を見る。
さっきまで無表情の顔から、少しずつ生気が出てきた。
その途端、泣き顔に変わっていった。
綾「……私……私っ………何て事を……!」
涼「いいんだ。俺は気にしてないよ」
綾「…ごめんなさいっ……!……涼さん……」
ほとんど泣き声に近かった。
涼「辰夫さん。ここには何か得体のしれないものがいます」
辰夫「やはりか……」
涼「やはり?」
辰夫「このことは言わないつもりでしたが…昨晩変な夢を見たんです」
その夢の内容は、辰夫さんの夢枕に血だらけの武士が立っていた。
何も言わずにただじっと黙って見下ろしていた。
他にも何人かの亡者が立っていたそうだった。
辰夫「その瞬間、目が覚めたので別に何もなかったのですが、ただ、あの時の亡霊の顔が何か私に訴えているようなきがして……」
………。
確かに、金塊を埋蔵する作業に関わった人間はおそらく殺されたはずだし………。
かなり怨念のこもったシロモノだ。
お寺にでも相談してみよう。



近くの寺で、お坊さんにこのことを話した。
坊「それはやはり埋宝に霊が憑いているのかも知れませんな。警察に届け出をされるのなら供養が済んでからなさったほうがいいんじゃないですか」
辰夫「……わかりました」
坊「ところで、今権田家の過去帳を拝見させていただいておったんだが、ここに面白いことが記述されている」
それはちょうど徳川の軍資金が運び込まれた頃のことだった。
過去帳によると、家屋の建て増しのために大工や村人が約1年間出入りしていたが、それにまざって十数名の見知らぬ顔の男達がいた。
農民の格好をしているが、武士のような振る舞いで明らかにこの土地の人間ではないというようなことが書かれてあった。
そして、その後地主の与平がほとんど表に姿を見せなくなった。
村人の間では『地主様は少しお顔が変わられたようだ』という噂が流れていた。
涼「ひょっとしたら……それ小栗じゃないかな…」
綾「え?でも彼は権田村で処刑されたのでは……」
涼「それは多分影武者だよ。陽動をする人だ。影武者を使ってもおかしくはないよ」
綾「それじゃあここの主は抹殺されていつのまにか小栗にすりかわっていたということですか……」
辰夫「そうか……だから私の家の蔵の中にアメリカの本やパイプ、北軍の帽子などがあったんだ」
そして明治維新後、名字をつけた時も小栗が自分の村の名前をなつかしがって『権田』とつけた。



そして、再び岩山へ戻ってきた。
涼「いろんな怨念がこの埋蔵金にとりついているんだな………」
辰夫「供養が終わるまで、しばらくこのままにしておこうと思うんですが………」
綾「そうですね、それがいいと思いますよ………」
辰夫「いつになるかはわかりませんが、掘り出す時は必ず連絡しますから、また協力をお願いします」
涼「ええ」
俺は辰夫さんと握手をとった。



帰りの新幹線で。ちらりと綾さんの顔を見る。
左の頬が痛々しく赤くなっている。
涼「ごめん………綾さん」
綾「え………」
涼「綾さんに手を出すなんて………最低だよ……俺……」
綾「そんな……あれは仕方がありませんよ……………それに、私の方こそ……」
涼「俺……絶対に、綾さんをもう傷つけたりしないから……」
綾「涼さん……………………」
まさか、綾さんを叩くなんてなあ………。
まあ、もとはといえばビデオの解読から…………………………。
涼「あっ!!」
綾「ど、どうかしたんですか!?」
思い出した。
涼「そうだ、結婚の条件!」
綾「でも、ビデオのことは解決したのでは……」
涼「でも、埋蔵金はその延長線かもしれないけど、おじいさんは『まだ解決しておらん』とか言われそうだしなあ……」
綾「そんな……考え過ぎですよ」
涼「でも、おじいさんの事だからなあ………」
そしてそう考えているうちに、俺はいつの間にか睡魔に襲われていた。