彼女のいない日々 中編

単身赴任開始から一週間が経過した。
仕事も慣れ、一人暮らしにもそこそこ慣れてきた。
今日は休日。
じゅーっと目玉焼きの焼ける音が部屋に響く。
白身は固く、黄身は半熟。これ基本。
皿に目玉焼きを乗せ、あらかじめ焼いておいたトーストを目玉焼きの隣に。
出来上がったので食べようと思った時だった。
ピンポーン。
おや、誰か来たみたいだ。
会社の人だろうか。
何かトラブルでもあったのだろうか。
もしくは勧誘か。
だとするとあと一ヶ月で帰る予定なので無駄足になってしまうのだが。
涼「はーい、今開けます」
ドアを開けると

綾「おはようございます、涼さん」

涼「あれ??綾?何で?」
何故綾がここに???
綾「えっと…その…寂しくなったから来ちゃいました」
顔を赤くしつつ言った。
一週間ぶりに見た綾はずいぶんとかわいく見えた。
あまりのかわいさに思わずきゅっと抱いた。
涼「俺も寂しかったよ」
綾「あ…はい…」
綾も負けじと抱き返してきた。

涼「今日の夕方に帰っちゃうのか」
さすがにしばらく滞在というのは無理か。
綾「一人暮らしは、慣れましたか?」
涼「うん、だいぶ慣れてきたとこかな」
綾「御飯はどうしてますか?」
涼「とりあえず自炊をしてる。コンビニだと偏るし」
綾「…」
涼「ん?どうしたの」
綾「いえ、その…ちゃんと考えてるんだなって」
涼「えー、それじゃ俺がなんか駄目人間みたいじゃないか」
綾「そ、そんなことはないですよ」
…どうやら綾が一番危惧していたのが食事のようだ。

会話はずっと続き、一週間分話した気がする。
そして時間は綾が帰る時間になってしまう。
涼「…時間か」
綾「…そうですね」
涼「駅まで送るよ」
綾「…ええ」

駅に着くまで、会話は無かった。
アパートで全ての話をしたからだろうか。
それとも、話をするのが怖かったからだろうか。

駅のホームまで見送る事にした。
ホームには誰もいなかった。
ここは観光地ではないからだろう。
時刻表を見ると、あと2分程で電車が来る。
あと2分か。
綾「あ、あの…涼さん」
沈黙を破るように、綾が話しかけてきた。
涼「うん?」
綾「あとちょっとで…来ちゃいますね」
来ちゃう、か。
本当はもっといたいのだろう。
できれば、単身赴任が終わるまでずっと。
でも、それはできない。
綾「で、ですから…その…最後に………キス…してください」
最後は耳を澄まさないと聞こえないぐらい小さかったが、綾の精一杯のおねだりだった。
涼「うん」
綾の願い事を叶えようと思い、唇に近づこうとした。
が、直前でやめた。
涼「…ごめん、できないよ」
綾「涼さん…」
涼「ここでしちゃったら、多分俺、帰っちゃうかもしれない」
綾「…」
涼「…我慢、してくれないか」
綾「…ごめんなさい、私がワガママでした」
涼「いや、してほしいのはすごいわかる。だからさ」
綾「え?あっ…」
ぎゅうっと綾を抱いた。
涼「これで我慢して」
綾「…はい…」
綾も負けずに抱き返してくる。
涼「キスはさ、楽しみにとっててくれないか」
綾「はい」
ホームに発着のベルが鳴り響く。
抱くのをやめ、電車が来る方向を向く。
電車がここのホームに来る。
電車はホームに着き、乗降のドアが開く。
綾は電車に乗り込む。
綾はくるっとこちらに向く。
綾「じゃあ、待っていますね」
涼「うん。待ってて」
ドアが閉まり、電車がゆっくりと動き出す。
綾が手を振る。
こちらも手を振る。
そして電車はホームを離れ、次第に視界から消えていった。
涼「……」
あと3週間だ。
涼「よしっ!」
パンパンと顔を叩き、気合を入れる。
涼「明日から頑張るか!」
未来の約束のために。

後書き

後書き
というわけで中編です。
『いない日々』にも関わらず早くも出ちゃいました(苦笑)。
まあ、綾がいないとこのプロジェクト成立しませんし。
最後のキスをねだるシーンはちょっとやり過ぎですかね(笑)。
はたから見るとこの作品だけ特にバカップルのように見えます(笑)。
中編ですので次回に続きます。
それでは次回にて。