『S』 前編

綾「わ…わたし、これでっ…」
涼「あっ、綾さん、待っ…………」
遅かった。
すでに手の届く距離ではなかった。
涼「あちゃあ………」
まさか、今日がバレンタインだったとは……。
そして、綾さんが俺を好きだということがわかった。
まあ、返事は今すぐに、というわけじゃないし、いいか。
明日にでもしよう。




だが、家に着いた時、異変が起きた。
町内の回覧板に書かれていた。
涼「………おじいさんが…………死んだ!?」




おじいさんは俺と綾さんが試験結果を見に行く最中、突然倒れ、病院に運ばれたがまもなく死亡した。
おそらく、綾さんはたった今、このことを知ったはずだ。




その翌日の夜、おじいさんのお通夜が行われた。
俺も行くことになった。
わずか1年足らずではあるが、このあたりでは親しい方だ。




御焼香の時、俺はおじいさんの死んだ顔を見なかった。
いや、正確には見ることができなかった。
信じたくなかった。
昨日まで生きていた人が棺桶に入って死んでいるなんて。
悲しかった。
けれど、涙は出なかった。




葬儀の最中、綾さんと会うことはなかった。
これでいい。
もし会ったら、どうなるかわからない。
それに、俺はどんな顔をして彼女に会えばいいのだろう。




雨が降り始めた。
そういえば天気予報で大雨になると言っていた。
今はまだ少量だ。
葬儀も一通り終わった。
それに綾さんとはまだ会っていない。
今のうちに帰ろう。




玄関を出て、門へ出ようとした。
雨はすでに強くなりつつあった。
門のところへ行こうとした時、ふと、どこかに誰かがいるような気がした。
右を向いた。
誰もいない。
……気のせいだろう、きっと。
そう思い、反対側を向いた。






なんでだ。
なんで、そこに綾さんが…。
最悪の展開だ。
目が合った。
やばい、気付かれた。
綾「りょ…涼さん………………」
涼「綾…さん……」
綾さんは悲しそうな顔をしていなかった。
おじいさんが死んでいるのに?
いや、きっと我慢しているのだろう。
俺まで悲しませないように。
綾「大丈夫ですよ…」
涼「……」
綾「おじいちゃんが死んでも、私は…大丈夫だから………」
涼「綾さん、もういい」
これ以上、聞くのに耐えられない。
綾「辛くなんか……辛く…な…んかっ……」
すでに半べその状態を通り越している。
涼「綾さん!」
俺はたまらず綾さんを抱いた。




小降りの雨は強くなり、どしゃ降りになっていた。
泣き顔は見たくなかった。
涼「お願いだ、もう何も言わないで…」
綾「ほんとに…っ…ほん……うっ……だい……じょ……うっ…」
嗚咽がもれる。
涼「……………………」
俺は何もできなかった。
ただ、抱くことが今の俺の全てだった。
綾「うっ……っく………うっ……あ……っ……!!」




綾「――――――――っ!!」
悲痛な叫びだった。
その声は大雨によってかき消された。
その声が聞こえたのは綾さんと俺、ただ2人だった。
綾さんを抱きつつ、俺は空を見上げた。
空は見えない。
どんよりとした雲のみだ。
なんで………なんでなんですか……………おじいさん。
空に向かってそう思った。
顔に雨粒が当たる。
冷たい雨粒とは別の何かが頬を流れた。


後書き

この作品は以前座談会1にて試しに書いたミニストーリーの拡張版です。
舞台は冬の章のアナザーストーリーとなっています。
タイトルの『S』はサディスティック、SAD(悲しいの意)の意味からあります。
サディスティックというのは………うーん………。
綾に対しての、というと異常者扱いになってしまいますが、今までの綾の作品の中で一番綾にきついことをさせているからです。
SADはこの前編の段階ですでに悲しい展開です。
後編はかなり悲痛なものとなっています。
あんまりceres氏には見せたくはないです。
ただ、自分の考えているものと実際にできたものではかなり悲痛の強さがかなり違います。
文章表現のレベルアップを考えねばなりません。
ただこういう悲痛なものよりほのぼのとした作品のレベルを上げたいものですが…………。
それでは後編にて。