デージー

春「……おはようございます」
涼「ああ、春香。おは……」
涼は春香の顔を見た途端、口を止めた。
異常なまでに眠そうな眼をしていた。
いつもしゃっきりとしている春香が、こんな眠そうにしているのは初めてだ。
涼「どうした春香。かなり眠そうだが」
春「ん……」
こしこしと重そうなまぶたをこする。
春「3時間しか寝てないです…」
涼「3時間!?一体どうしたんだ?」
春「そ…その………」
春香はうつむいた。
涼は寝不足の原因を考えた。
10時頃に布団に潜り込んだので夜遊びは無い。
というよりそもそも春香は夜遊びするタイプではない。
読みたい本があったとしてもさすがに3時間しか寝てないのは妙だ。
かといって、病的なものだったら言うはずだ。
親に言えない事。
そして昨晩から今朝になって突然。
………多分、いやきっとそうなのだろう。
涼「春香、まだ眠いだろうから仮眠をとってから行きなさい。遅刻すると学校へ伝えておく」
春「で、でも…」
涼「春香。俺は春香の為に言っているんだ。そんなんじゃ学校へ行ったって授業中に居眠りしてしまう。それだったらいっその事遅刻覚悟で寝たほうがいい」
春「…うん…」
涼「あ、それとちょっと話したい事がある」
春「え?」
涼「といっても綾が話すんだけどね」
綾「え?私は別に…」
涼「俺は男だからね。女性同士の方が話しやすいはずだ。きっと」

居間に春香を置いて、別の部屋で涼と綾が話をしている。
綾「光一君が……」
涼「それしか考えられんよ。春香は今悩んでいる」
綾「私が…決断をさせろと?」
涼「いや。決断をさせる必要はない」
綾「え?」
涼「背中を押してくれればいい」
綾「涼さん…」
涼「まだ春香は恋そのものにとまどっている。今まで友達と思っていた人が違うように見えるからな。やっかいなものだよ。恋愛という一種の病気は」
綾「私はあの時、お母さんに言われましたね」
涼「そっか…母さんが言ってたな……」
綾「え?」
涼「あ、いや。こっちの話」
そういや綾は母さんが話してた事聞いてなかったな。

綾「春香、入りますよ」
春「はい」
戸を開け、綾が入ってくる。
綾はテーブルの反対側の座椅子に座る。
綾「眠いかもしれないけど我慢してね」
春「はい」
綾「今日はずいぶんと眠いみたいだけど…何かあったの?」
春「そ…その……」
綾「光一君、ね」
春「え」
春香は驚きの声を挙げた。
そしてそれと同時にうつむいてしまった。
綾「昨日、何があったか、お母さんに話してくれる?」
春「その…昨日ね………」

綾「そう…」
春「私、どうしたらいいかわからなくて…ずっと考えてた」
綾「答えは…出た?」
春「ううん……」
綾「大変でしょう。今まで友達だと思っていた子が、違うように感じて」
春「……うん」
綾「ねえ、春香」
春「……」
綾「光一君、好き?」
春「…………うん」
春香は真っ赤になりつつ言った。
綾「それでいいの。自分の気持ちに嘘はいけないわ。きっと後悔する」
春「…」
綾「私もね、春香と同じ年の時にお父さん、涼さんの事が好きで好きでしょうがなかった。そして勇気を出して言ったわ。その結果、今ここにあるの。だからね、春香」
春香の手をぎゅっと握った。
綾「『恋愛』を、して」
春「…はい」

涼「春香は?」
綾「もう寝ました」
涼「…あとは、祝福を待つばかりか」
綾「涼さんはいいんですか?」
涼「え?」
綾「春香と光一君がつきあっても」
涼「…おじいさんも俺と同じ風に見えたんだろうな。『娘を任せられる』ってのは」
綾「それじゃ…」
涼「交際を認めるさ。ただし」
綾「ただし?」
涼「結婚は別」
綾「…くすくす」
涼「何も笑う事はないだろうに…」

意識が戻りつつある。
ゆっくりとまぶたを開ける。
赤い日差しが目に入る。
…………
春「ええっ!?」
日差しを見た。
赤かった。
夕焼けだった。
時計を見た。
午後4時。
あれから単純計算で7時間は寝ている。
遅刻どころではない。
単に眠いだけで病気ではない。
完全にサボタージュだ。
初めて学校をズル休みしてしまった。
罪悪感を感じた。
だが、チャイムの音でその罪悪感は消えた。
父はまだ仕事なのだろう。
となると母はどこにいるのだろう。
ふと、横にメモ用紙が置いてあった。
そこにはこう書かれてあった。

『春香へ 気持ちよさそうに眠っていたからそのままにしておきます。休みの連絡は入れておきました。お母さんは買い物に行ってきます。 母』

この母という人は…。
再びチャイムの音で我に返る。
大慌てで玄関に向かった。
玄関に着き、戸を開けた。

春「こ、光一君…」
予想していなかった。
寝る前に決心した対象となる人がいる。
まさかこんなにも早くくるとは思わなかった。
光「……」
春「……」
気まずい。
非常に気まずい。
何から話していいものか。
光「は、春香、ごめんな」
春「え?」
光「昨日、俺が変な事言ったから寝込んじまって…」
春「う、ううん。光一君のせいじゃないです。私があの時ちゃんと理解してれば…」
会話は滅茶苦茶だった。
だが、2人とも自分が言った事に気づいていない。
光一は告白した事を、春香は告白を受けた事を。
光「熱、出てないのか?」
春「そ…その……今朝までずっと考えてたら眠れなくなってそれで今日ずっと寝てて…」
光「………………え?」
光一のすっとんきょうな声が出た。
光「じゃあ、今日休んだのは…単に眠かったのか」
春「……うん」
光「……そっか。心配したよ」
春「…うん」
光「じゃ、じゃあ、また明日」
春「ま、待って」
帰ろうとする光一を呼び止めた。
春「き、昨日の…事だけど……」
光「昨日……」
春「……」
春香は深呼吸した。

春香「…ありがとう」

光「……そ、それだけ?」
春「え?」
光「いや、普通その後に『好き』とか…」
春「い、言わなきゃだめですか?」
春香が顔を赤くしながら言う。
さすがに抵抗があるようだ。
光「いやまあ、無理に言ってもらう事はないさ。春香なりの返事をもらったんだし」
春「…」
光「…ふう。まあ、これでいいのかもね。俺のもわかりづらかったし」
春「あ、光一君。あれ」
春香が向かって光一の左を指差す。
光「え?」
光一はその指された方向を向く。
光「別にこれといってなにも…」
そう喋っていた時だった。
すっと春香が光一に近づく。
春「光一君」
光「え?」
そっちの方を向いたまま返事をする。
春「好きです」
そっ、と頬にキスをした。

時が止まったような気がした。
2人の時だけだったのかも知れない。
春香が離れる。
その顔は、はにかんではいるものの、すっきりとしていた。
そして光一も笑みを浮かべていた。
光「なあ…その……もう1回してもらっていい?」

パァンッ

春「んもーっ!光一君っ、怒りますよ!!」
光「思いっきり怒ってるじゃないか!」

光一が平手打ちを喰らう3分程前。
涼「あれ、綾」
綾「あ、涼さん。今お帰りですか?」
涼「ああ。ところで春香は?」
綾「良く寝ていたので学校には休みにしておきました」
涼「…ま、いいか。今の春香には時間が必要だからな」
2人ともどこか天然である。
涼「買い物は済んだ?」
綾「ええ」
涼「じゃ、一緒に帰るか」

家が見えた時だった。
涼「ん……あれは…」
綾「春香と光一君ですね」
涼「…………ぱっと見たところ、ケンカしてるようだが」
綾「でも、2人とも生き生きとしていますね」
涼「…ふう。どうやらうまくいったみたいだ。………とりあえずは」
綾「…ですね」
涼「けど、いいさ。2人にはまだ時間がある。ゆっくりでいいんだ。焦る必要なんか無い。『恋愛』を楽しんでもらいたい」
空を見上げる。
空は赤に染まっていた。
もうじき空が暗闇を覆う。
けど、その闇もいつかは光へと変わる。
きっと明日は特別な光になるのだろう。
『祝福』という名の、光がやってくる。

後書き

今回にてFLOWERは完結となります。
綾や、Infinityの時と違って告白した時点で終了です。
その後のエピソードは何も考えてありません。
これからを期待するところで完結させてもらいます。
正直、難しかったなあと思います。
幼馴染という立場のため、先に進めぬもどかしさが何度もありました。
『それって辛くない?』
いいえ、それもまた面白さの1つです。
このプロジェクトで改めて勉強になったと思います。
それでは次回作のプロジェクトにてお会いしましょう。

………これで終わると思いましたか?
まだ終わりません。
まだ触れていない春香のストーリーがあります。
次回、春香三部作完結編、プロジェクト『EXE』にてお会いしましょう。