幻想の語り部

葵「なあ、今週の土日ってヒマか?」
涼「いや、特にないけど………」
葵「じゃあさ、悪いんだけど、サッカー一緒にやらねえか?」
涼「サッカーって……お前どのサークルにも入ってないんだろ?」
葵「いやなに、その日限りの部員だからな。で、メンツがあと一人なんだ」
涼「で、俺ってわけか」
葵「頼むよ、ここのサッカーのサークル弱小なんで一度でいいから勝ちたいみたいなんだ」
涼「わかった。今週の土日だな」
葵「あ、そうそう。試合の場所が遠いから、泊まりになるから」
涼「わかった」

そして、土曜日になった。
荷物の準備が済み、後は出かけるだけとなった。
涼「じゃ、出かけてくるよ。綾さん」
ここ最近は綾さんの世話をするため、綾さんの家に泊まる事が多くなった。
綾さんは静かに眠っていた。

涼「葵っ!」
葵にセンタリング。
葵「っしゃ!」
そのままダイレクトボレー。
キーパーの手に触れることなくネットに突き刺さる。
葵「うしっ、2点目!」
涼「ナイス、葵」
葵「ナイスアシスト」

なんとか3−1で勝利を収め、初勝利を手に入れた。

試合をする場所がかなり遠かったため、試合終了後は夜になっていた。
涼「そういや、泊まるっていってたけど、どこに泊まるんだ?」
葵「ここからすぐ近くの旅館みたいだけど」
涼「みたいだけどって、知らないのか?」
葵「まあ、俺はしょせん今日明日限りの限定部員だから」

旅館に到着したのは11時頃だった。
涼「やっと着いた…」
葵「いいじゃん、家に着くのが今日だったら間違いなく明日になってたんだから」
涼「あんま変わらねえな……」
バスを降り、旅館を見た。
そこそこ、といった具合である。
葵「幽霊は…出そうで出ない雰囲気っぽいな」
涼「和佳奈さん、来なくて正解だったな」
葵「確かに…」
葵は苦笑いした。

ずいぶん遅れた夕食を終え、部屋に戻った。
涼「………」
俺は立ち上がり、部屋を出ようとした。
葵「どした?」
涼「小便」
部屋の戸を閉め、いざトイレへ……………。
…………ここのトイレってどこだ?
廊下にはトイレらしき所もないし、よくホテルには風呂とトイレが一緒になっているけど風呂に入った時にはトイレらしき物も部屋もなかったし……。
ちょっと聞いてみるか。

ちょうどいい所に女将さんがいた。
涼「すいません、トイレはどこにありますか?」
女将「トイレでしたら、外にあります」
涼「外?」
女将「ええ、少し歩けばトイレがありますので」
外……ねえ。
お化けとか出なきゃいいんだけど。

外に出て、女将さんに言われた通りに歩くと、明かりのついた小さい建物があった。
あれがトイレか。
……………………水洗トイレ……だよな。
今更ボットン便所はないだろうけども。
場所が場所なだけに少々不安だ。

幸い水洗だった。
さっさと用をたし、トイレから出た。

そのまま旅館に戻ろうとした時、ふと一本の木に気付いた。
涼「……なんだろ、あの木」
木は他にもいくつかあるのだが、この一本の木だけ妙に目立つ。
別にこの木だけやたらとでかいとか、外見上では大差はなかった。
けど、他の木とは何かが違う。
その木に近付き、触れてみる。
………………暖かい。
まるで、多くの命が木の中で動いてるみたいだ。
ふと、誰かの声が聞こえた。
振る返ると、誰もいない。
空耳?
再び声がした。
360度見渡しても誰もいない。
……………………………………………………まさか。
涼「この木が………俺に語ってるのか?」

後書き

空白の一ヶ月のお話の前編となっています。
後編はこの続きとなっています。
綾が出ないのは今回だけですので、ほんのちょっとだけ我慢してください。
それでは次回にて。