決行の日

夕方、和佳奈の家にて
喜「映画ですか?」
涼「ええ、本当は綾と行く予定だったんですけども、綾が風邪をひいてしまって………」
喜「でも、私なんかで?」
涼「ええ。和佳奈さんには葵がいますからね。それに映画のチケットもせっかく買ったんですし………………それとも…俺とじゃ嫌ですか?」
わざとしょんぼりした顔をする。
すると喜久子さんは、
喜「い、いえ。私なんかでよろしければ……」
よし、成功だ。
涼「そうですか、じゃあ早速行きましょうか?」
喜「はい、それでは着替えをしてきますので」
涼「じゃ、玄関で待っていますから、ごゆっくりどうぞ」
喜「はい」
そういって、喜久子さんはパタパタと2階へ向かった。
……………とりあえず第一段階突破と。
ま、実際には綾は風邪をひいてないけども、家で布団にもぐりこんでいるようにしておいたから、とりあえずバレはしない。
このまま映画を見に行って、うまく食事も誘えば大幅な時間稼ぎができるはずだ。
だいたい映画が2時間で、食事が1時間程度だから3時間程2人きりの状況が生まれる。
それに喜久子さんは家にいないから妨害は一切ない。
あとは2人の問題になる。

喜「お待たせしました」
いつものメイドさんの服ではなく、大人びた服装だった。
全体を白で統一して、靴は茶色の革靴で、さりげなく上品にしている。
髪型も変わっていた。
いつもは髪をアップにしていたのだが、髪をおろし、ふわっとウエーブの効いた髪型になっている。
見間違える程だった。
涼「綺麗だなあ………」
喜「や…やだもう………からかわないでください」
あ、本音が出たか。
涼「そうかな?かなり綺麗なのに…」
ここはちょいと芝居っぽく。
喜「…ありがとうございます」
顔を赤らめつつ、返事をした。
……けっこうかわいいな。

映画の内容は日韓共同の作品だった。
俗に言う刑事モノであったが、かなり面白い。
あまり映画を見ないためか、かなり面白く感じた。

涼「どうでした?」
喜「とても良かったです。あまり映画を見る機会がないもので…」
涼「良かった。喜久子さんが喜んでくれて」
喜「え………は…はい……」
…………ま、芝居でやってるが、あんましいつもと変わらないのは何故だろう…。
………喜久子さんは綾さんに似たような部分がある。
そのせいか反応がほとんど同じなんだよね。
涼「どうです?この後お食事でも」
喜「でも……和佳奈さんの晩御飯が…」
涼「いえ、大丈夫ですよ。和佳奈さんなら」
喜「え?」
涼「和佳奈さんは綾さんの所に見舞いに行きましたから。ついでに夕飯もご馳走になるそうです」
喜「よくご存知ですね」
ふむ……やや疑ってるな。
ま、それも問題無し。
涼「ええ、出かける時に和佳奈さんに電話しといたので」
喜「そうですか。それではお言葉に甘えて」
よし、これで食事する時間も稼げた。

食事を食べ終え、帰り道。
涼「どうでした?」
喜「ええ、とてもおいしかったです」
涼「あそこは俺のお気に入りのお店で、よく行くんですよ」
喜「そうなんでしたか…」
腕時計を見た。
9時。
……………………………。
涼「喜久子さん」
喜「はい」
涼「俺は、あなたに謝らなければなりません」
喜「え?」
涼「嘘なんです。綾さんが風邪をひいた事も、和佳奈さんが綾さんの家に見舞いに行ってる事も」
喜「嘘……?」
事態が飲みこめてないようだ。
涼「喜久子さんを誘ったのは、あなたを和佳奈さんの家にいさせないためです」
喜「私を、家に…?」
涼「今、和佳奈さんの家には和佳奈さんと葵だけです。もうわかるでしょう?」
喜「…っ…………」
喜久子さんの顔が変わった。
どうやら、全てわかったようだ。
涼「……あなたを家には行かせない」
喜「……何故です…」
涼「………………俺がどうしてあいつらの肩を持つのか、ですね」
喜久子さんはうなづく。
涼「………嫌なんですよ」
喜「え…」
涼「誰かと誰かが別れて、誰かが悲しむなんて、もう嫌なんです。そんな運命なんか見たくない」
喜「………」
涼「もう嫌なんですよ!もう…そんな事はもう……綾さんの時にわかったから……あの時なんか、あの時なんか大嫌いだ!!二度と見たくない!」
たまりにたまった言葉が全て出たような気がする。
涼「それでも……あなたが邪魔をするのなら、俺は誓いを破って、あなたに手を出します」
喜「誓い……」
すっと手を出した。その手の中指には指輪があった。
涼「この指輪、まあおもちゃなんですが、問題はこの指輪ではなく、この指輪がはめられている手なんです」
喜「……」
涼「少し前に………綾さんに手を出した事があるんです」
喜「!………」
喜久子さんは驚きを隠せなかった。
信じられないのだろう。
だが…事実。
涼「周りから見れば、それは不可抗力だと思います。それに綾さんも俺のせいではないと言っていました」
喜「…」
涼「でも……俺は許せないんですよ。俺自身が。憎くて殺したいほど」
ぐっとその手を握った。
涼「だから俺は二度と手を出さないよう、誓いをしたんです。この指輪に」
喜「………」
涼「お願いです、喜久子さん」
頭を深々と下げた。
涼「あいつらを………あいつらをどうしても進展させたいんです」

しばらくの静寂が続いた。
すっ、と喜久子さんがこちらに近づく。
そして俺の顔に喜久子さんの手が触れる。
喜「顔を上げてください」
ゆっくりと、顔を上げる。
喜久子さんは優しく微笑んでいた。
涼「喜久子さん……」
喜「あなたは、よほど…………好きなんですね」
涼「はい」
喜「……わかりました」
涼「喜久子さん…」
喜「私も、そこまでする気はないですし、それに…」
涼「それに?」
喜「和佳奈さんが好きな人ですし」
そっ……か。
ふうっと溜息をついた。
どうやら、クリアしたか。
あとは…………いや、もう済んでいるのかもしれない。

少し適当な所で時間を潰し、喜久子さんを家へ送った。
その後、俺の家に電話はなかった。
事前に失敗したら電話してほしいと言っておいたからだ。
どうやら、うまくいったようだ。

後書き

葵と和佳奈のシチュエーションが書いてありませんが、それはわざと書きませんでした。
まあその辺りはご想像におまかせします。
さて、ようやく進展したわけですが、まあ次のステップにはもうちょいかかりそうですが。
それでは次回にて。