涼「大学祭、2年目か」
葵「今度は何やるんだ?」
涼「もう演劇は勘弁してくれ」
綾「今度はケーキ屋らしいですよ」
涼「あー、良かった。もう女装………………するかもしんねえな」
葵「フリフリのエプロンつけるハメになりそうだな」
涼「で、今回の役割分担は?」
和「去年と同様にクジ引きです」
涼「なんだ、このギャルソンってのは?」
葵「ギャルって言うから、また女装じゃねえの?」
涼「げっ、マジ?」
和「いいえ、ギャルソンはボーイみたいなものです」
葵「ボーイ?ケーキ売るだけじゃないのか」
和「ええ。喫茶店も同時にやるみたいです」
涼「あー、良かった。女装はしないみたいだ」
和「ですが」
涼「ですが?」
和「ケーキの説明もしなければならないので大変ですよ?」
涼「説明、とおっしゃいますと?」
和「ショートケーキだけでも、スポンジ、生クリームから説明しなければなりませんから」
葵「……………って事は、もっと複雑な説明もあるのか」
涼「きついな……」
綾「でも、それだけ大変なら、達成感ももっとありますよ」
涼「まあ、確かに………」
で、当日。
綾はケーキを作る役。
和佳奈は材料の買い出し。
葵はレジ担当。
で、涼はというと、
綾「素敵……………」
ズビシィィッと見事に決まっていた。
葵「……涼」
涼「んだよ」
葵「お前はホストでも食っていける」
涼「……去年も似たような事言ってたな」
そして開店。
だが、
涼「……………来ねえな」
全然客が来ない。
葵「俺はてっきり開幕と同時に客がどわーって来ると思ってたんだけど」
和「そんなデパートみたいにたくさん来ませんよ」
綾「去年は体育館でやりましたから、それなりにアピールできましたけど、今回はそうではありませんからね」
葵「…………すんません」
今回の場所はどちらかと言うとあまり来そうにない所である。
原因は葵のクジ運の悪さ。
場所はクジで決めるシステムになっている。
涼「まあ、忙しくないってのは楽でいいけどさ」
葵「あ、そういや言うの忘れてた」
和「何をですか?」
葵「残ったケーキは全部食わなければならないんだ」
涼・綾・和「本当!?」
葵「ああ。残すともったいないしな」
涼「うげー、まじかよ。こんな食い切れねえよ」
ケーキはざっと100人分。
綾「………………」
和「………………」
涼とは別に、女性2人が苦悩していた。
間違いなく太る、と。
綾と和佳奈の目が合う。
うん、と2人同時にうなづく。
綾・和「涼さん(君)!」
涼「は、はい」
2人の勢いにおされる涼。
綾・和「絶対に売り切ってください!」
…………そう言われましても。
いくらやる気を出しても現状が現状だ。
なんか、こう………アピールできれば…。
そうこうしているうちに1人目の客が来た。
女性である。
葵「…………あ、いい方法あった」
和「どんなのですか?」
葵「涼、耳貸せ」
涼「?…ああ」
葵「ぼしょぼしょ…………」
涼「……ん、ああ……………ふむ………別にいいけど………意味あんのか?」
葵「でーじょうぶ。絶対に客は満足するし、アピールできる」
涼「………わかった」
葵「頑張って行ってこい」
涼「あいよ」
和「涼君に何を教えたんですか?」
葵「んー、客へのサービスと同時にアピール方法だ」
綾「どんな方法ですか?」
葵「まあ、涼のを見てみりゃ一目瞭然だよ」
客「あの、すみません」
涼「お待たせしました」
ぴしっと背筋を伸ばし、やや深めに頭をさげる。
わ、綺麗な人。
好みの男性だ。
涼「メニューがお決まりでしょうか?」
涼の優しい声にどきどきする。
客「え、ええと…この紅茶のシフォンケーキはどういうのですか?」
おっ、来た来た。
えっと、葵の言った通りに、と…。
じっと客の目を見て、
すっと客の目の前に顔を近づけて、
客「あ…………」
ささやく感じで、
涼「召し上がっていただければ、お分かりになります…」
客「…………………じゃあ、お願いします」
綾・和「…………………すごいですね」
葵「去年の白雪姫で男にもウケたから、もしかすると逆でも通用するんじゃないかと思ってね」
和「これなら、十分にアピールできますね」
葵「あとはあの客が口コミで伝えてくれるからゾロゾロと客が来るって寸法だ」
綾「………」
葵「綾さん、ごめんね」
綾「え?」
葵「ほんとならああいうのは好きな人だけってもんだけど、今回が今回だけにね、ほんとごめん」
綾「いえ、いいんです。私の事はいいですから…」
葵「……うん」
こういう優しいところに惚れたんだろうな、あいつ。
30分後。
ガラガラだったテーブルとイスは全て埋まり、大盛況となった。
涼「うわ〜、忙しくてネコの手も借りてえよ」
葵「予想以上のアピールになっちまったな」
和「あっ、もうケーキがありません」
葵「じゃあ、大至急材料買ってきてくれ」
和「わかりました」
3時間後。
涼「……………………………………ようやく、一息ついたな」
葵「涼は大変だったろうから、休憩してくれ」
涼「わかった」
外に出て、ぐうっと背伸びをする。
涼「さて……と」
涼は街中に向かって走り出した。
学校に戻り、
葵「ちょっと待て、お前」
涼「ん?」
葵「お前、そのカッコのまま外に出たんか!?」
涼「あ、着替えるの忘れてた。どうりで外に出ている間ジロジロ見られてたわけだ」
葵「外でアピールするなや」
涼「で、どう?」
葵「ああ、完売だ」
涼「え、追加のケーキも?」
綾「ええ。それも全部売り切れました」
涼「ふえ〜、すごいな」
葵・綾・和「…………………」
すごいのはあなたです。
そう言いたくてしょうがなかった。
そして大学祭終了。
涼「うし、終わった〜」
葵「お疲れさん」
和「お疲れ様です」
綾「ご苦労様」
葵「よし、じゃあ片付けやっちまおう」
涼「あ、待った」
葵「?」
涼「テーブルとイス、1つだけ残しといてくれ。俺後で片付けるからさ」
葵「?…ああ」
涼「それと、葵と和佳奈さんはちょっと後で手伝ってほしい事があるんだ」
和「え?…ええ……」
葵「ん、ああ」
涼「綾さんは、先に教室に戻ってて。疲れてるだろうから」
綾「いいんですか?」
涼「ああ、まだ病み上がりだろうから無理しなくていいよ」
綾「……じゃあ、お言葉に甘えて」
綾がその場を去った。
涼「………頼む。ちょっとあこがれてる事があるんだ」
葵「…………わかった。今回はお前がいたおかげでケーキが全部売れたからな。手伝うよ」
和「どんな手伝いですか?私にできることなら……」
涼「2つあるんだけど、まず…………」
葵「最初の1つは楽だが、残りの1つが………」
和「あ、それなら私が先生に頼んでみます」
涼「なんとかなりそう?」
和「ええ。うまくごまかしてみます」
葵「和佳奈さんは人徳があるからな。大丈夫だろ」
涼「じゃあ、頼む」
葵「あいよ」
和「わかりました」
片付けも一通り終わり、解散となった。
後は帰るだけ。
玄関に向かう。
後で涼さんのところに行って一緒に帰ろう。
下駄箱を開けると、封筒が入っていた。
綾「……?」
中にある封筒を取り、封筒を開ける。
中には手紙があった。
手紙の内容を見ると、
『藤原 綾様
至急 307教室までお戻りください』
307教室と言えば、ケーキを販売した所だ。
忘れ物でもしたのだろうか。
すぐに教室へと向かった。
教室に入ると、まず目に入ったのは綺麗な夕日と、テーブルとイス。
確かあのテーブルとイスは………。
『お待ち致しておりました』
声のあった方に振り向く。
涼がいた。
あのギャルソンの格好だった。
綾「涼さん……」
涼「今、この時間は綾さんのために用意しました」
わざわざ、私のためにテーブルとイスを用意してくれたんだ…。
イスに座り、
綾「今日はどんなケーキがありますか?」
涼「本日のおすすめは苺のミルフィーユでございます」
綾「ミルフィーユ……」
ミルフィーユは私の好きなケーキだ。
綾「じゃあ、それをお願いします」
涼「かしこまりました」
その場から離れ、よくケーキ屋がケーキを入れる箱を取り出し、箱を開け、その中に入ったミルフィーユを出した。
確かこのミルフィーユはこの辺りで一番有名なケーキ屋の………。
休憩中にわざわざ買ってきたんだ……。
涼が時計を見る。
ちょうど5時になる。
涼「ミュージック、スタート」
パチンと指を鳴らす。
すると、スピーカーから音楽が流れた。
綾「あ………」
こんなに念入りになっているとは……。
…確かこの曲はジョージ・ウインストン。
あまり知らない俺でも知ってる曲だ。
葵「こだわってんな、あいつ……」
まず手紙を和佳奈さんに書かせて(涼より和佳奈さんの方が字がうまいから)、その後放送室に向かい、音楽を流す。
そうそう個人的な理由では音楽は流せない。
和「よほど、なんですね」
葵「ああ。でなければこんなことはしないよ。あいつは」
ミルフィーユを全部たいらげ、ナプキンで口を拭った。
涼「いかがでしたか?」
綾「とてもおいしかったです」
涼「それはよかった」
音楽が鳴り止む。
この時間も終わりだ。
綾「あ、お勘定は……」
涼「いえ、お代は結構です」
綾「いいえ、これは私からのお礼です」
涼「………じゃあ、まあ…いただきます」
綾「それじゃ………お礼です」
綾さんがすっと近付く。
涼「えっ…」
綾さんの顔がかなり近くにある。
綾さんの顔が真っ赤になっている。
夕日のせいだろうか。
多分、俺もだろう。
わざわざ愛する人のために、ここまで徹底した。
それに対しての感謝の気持ち。
……答えなければ、な。
きゅっと綾さんを抱いた。
優しく、けれど強く。
目と目が見つめ合う。
綾さんがすっと目を閉じた。
そのまま、唇を重ねた。
葵「お、来たか」
涼「サンキュな」
和「いえ、今回は涼君のおかげですから」
葵「そうそう。涼がいなかったら俺らケーキを食べなきゃならなかったんだから」
綾「それもそうですね」
葵「………涼、ちょいこっち寄れ」
涼「んだよ」
がしっと捕まれ、女性2人に聞かれないように、
葵「どうなんだよ、綾さんとは」
この男…………。
涼「さあ、何の事やら」
葵「……しらばっくれてやがんな」
ぱっと俺を離し、ターゲットを切り替えてきた。
まずい。
葵「あれ、綾さん?」
綾「はい?」
葵「ケーキのかけら、口についてるよ?」
綾「えっ!?」
綾さんがすばやく口元に手を当てる。
そして俺の方を見た。
涼「あ、綾さんっ!」
なんで俺の方を見るの!?
俺の顔を見て、真っ赤になった。
……やってもうた…………。
葵「……………っておおっ!??」
少しの間。
葵「…あ…綾さん……」
和「あ…綾ちゃん………」
そして2人が同時に、
葵・和「したの!?」
綾「え…あの……その……」
……………くっ、葵のやつ……。
………しからばっ!
涼「綾さん、ちょっと失礼」
綾「え、きゃっ」
がしっとお姫様だっこをし、猛ダッシュで逃げた。
葵「あ、待てっ!」
追求されると圧倒的に不利。
ならば逃げるが勝ちだ。
和「あっ、待ってくださいよ〜!」
葵に続いて和佳奈さんも追ってきた。
涼「やれやれ……」
綾「ごめんなさい…涼さん」
涼「いいさ。多分葵が言わなくても結局バレたと思うしさ」
綾「………それもそうですね」
綾さんは真っ赤になりつつ納得した。
涼「ま、とりあえず今は逃げ切る事が先決だから、しっかり捕まってて」
綾「はい…」
綾さんが微笑んできゅっと捕まった。
綾「こういう楽しい日が、続くといいですね…」
涼「そうだね…」
夕日はすっかり沈み、もうすぐ夜の世界になりつつあった。