涼「あ、おーい、葵―」
葵「悪い、待ったか?」
涼「ああ、30分ほどえらく待たされたが」
葵「それはお前が予定の時間よりも40分早く来すぎたんだろ。で、藤原さんと、肝心の……」
涼「へいへい、和佳奈さんはまだだよ」
葵「まあ、予定よりも結構早いからな……あ」
涼「ん?」
葵「和佳奈さんが来たぞ」
涼「………お前、よくあんな人が米粒くらいしか見えない距離から………あ、綾さんもいるな」
葵「……人の事は言えないようだな」
綾「ごめんなさい、待たせてしまったみたいで…」
涼「いや、俺達もついさっき来たばかりだから、気にしなくていいよ」
葵「そうそう。気にしなくていいさ。和佳奈さん」
和「あ、はい…」
涼「さて、と。早速入るとしますか」
更衣室に入り、水着に着替える。
涼「しかしまあ、ありがたいな」
葵「何がだ?」
涼「何って、水着だよ水着」
葵「…………あ」
そういうことか。
葵「和佳奈さんの水着姿が見れるってこと!?」
涼「その通り。綾さんの水着姿が拝めるのはそうそうないからな」
葵「学校にはプールがないから水泳なんてないからな……」
一方、女性2人はというと、
和「あ、綾ちゃんの水着、私と一緒ね」
綾「え?あ、本当ですね」
和「買ったお店、もしかして駅前の?」
綾「あ、そうです」
和「じゃあ、一緒のお店ですね」
綾「一緒だと、姉妹みたいですね」
和「本当ね。ひとりっ子だったから、お姉さんが欲しかったんです」
綾「実は私も妹が欲しかったんです」
和「ふふ、気が合いそうですね」
普通は男の方が早く着替えられるので2人は準備運動をして待っていた。
涼「さあてと、早くこないかな〜♪」
葵「めっちゃ嬉しそうだな」
涼「そう言ってるお前も、にやけ面はやめとけ」
葵「あ」
そんな風に漫才をしていると、
綾・和「お待たせしました」
2人同時に声の方へ振り向く。
次の瞬間、
涼・葵「おお〜」
男2人は唸った。
どういういきさつがあるのかはわからないが2人は同じ色のビキニだった。
綾・和「あ…あまり見ないでください……」
綾は胸と下の方を手で隠し、赤くなっている。
一方、和佳奈は隠してはいないものの、目をそらし、綾より若干赤くなっている。
涼「生きててよかった……」
葵「そこまで言うほどの……もんだな」
綾「そ、そんなに嬉しいんですか?」
涼「まあ、学校では水泳がないから余計に…」
和「似合って……ますか?」
2人同時にうなづく。
綾「良かった………」
2人ずつで楽しむ事になり、涼と綾、葵と和佳奈という組み合わせになった。
涼「綾さん、泳げる?」
綾「いえ、運動は苦手なので……」
涼「そっか……あ、ちょっと待ってて」
綾「え?はい」
涼「お待たせ」
綾「これは……」
俺が持ってきたのはビーチボールだ。
涼「これなら、水泳が苦手でも楽しめるでしょ?」
綾「もしかして、私のために?」
涼「うん。泳ぐだけじゃ物寂しいしね」
綾「如月さん…………」
涼「さっ、楽しもうか」
綾「はい」
葵「和佳奈さんは、泳げる?」
和「ええ、スポーツはするの好きなんです」
葵「あ、そうなんだ」
和「もしかして、私のイメージって、スポーツが苦手そうなのってありました?」
葵「最初のところはね」
和「……やっぱり綾ちゃんみたいな方が男の方は好きなんですか?」
葵「いや、好みは人それぞれだと思うよ。俺と涼も好みは違うし」
和「葵君はどんな女性が好きですか?」
………返答に困るな。
君だ、と言えるわけがない。
つーか大衆の面前で告白なんて勇気が出ない。
葵「え、恥ずかしいから秘密ってことで」
和「やっぱり言うのは恥ずかしいですからね」
ふー、なんとかごまかせたか。
それからしばらくして、そろそろ帰る時間となった。
涼「よし、たっぷり遊んだし、帰ろうか」
綾「そうですね。そろそろ帰りましょう」
着替えを終え、入口で集合した。
涼「じゃあ、俺は綾さんを送るから、葵は和佳奈さんを頼むよ」
葵「あいよ」
涼「じゃ、綾さん。行こうか」
綾「はい。それじゃ篠原さん、和佳奈ちゃん、さようなら」
そして残ったのは俺と和佳奈さんになった。
葵「じゃあ、和佳奈さん。行こうか」
和「はい……あっ!」
その時、和佳奈さんが足をくじいた。
和「痛っ……」
葵「だ、大丈夫?」
和「え、え…なんとか……」
和佳奈さんは立ちあがろうとしたが、足の痛みがひどく、痛みでしゃがみこんでしまう。
どうするか……あ。
葵「よし、和佳奈さん。おんぶしてあげるよ」
和「え?」
葵「その様子だと歩けそうもないから、俺にまかせてよ」
和「で、でも…葵君に迷惑が………」
葵「いいって。それに俺は迷惑だなんて思っていないし」
むしろ役得だ。
和「じゃ、じゃあ…お願いします」
葵「それじゃあ俺の首に腕まわして」
和「はい」
俺の言う通りにすっと腕をまわす。
白く、細い腕だった。
そのきれいな腕が首にあたる。
葵「よし、じゃあ腿のあたり持つから……スカートだから気をつけてね」
和「わかりました」
ひょいと持ち上げる。
軽い…な。
まあ女性をおんぶしたことがないから基準がないけど。
そのままおんぶしつつ、和佳奈さんの家へと向かった。
すっかり暑くはなくなった。
今夜は熱帯夜ではなさそうだ。
気持ちのいい風が吹いた。
和佳奈さんのセミロングの髪が俺の首筋にかかる。
ちょっとくすぐったいが、心地よかった。
ふと、感触でおんぶをした時と違う事に気付いた。
……………以前よりも密着している。
特に俺の背中の上のあたり。
………胸?
……かどうかはわからないが、柔らかい感じだ。
葵「和佳奈…さん?」
くいと首だけ後ろを向く。
和「……すー………すー………」
寝ていた。
泳ぎ疲れたのだろう。
再び前の方を向くと、和佳奈さんの家が見えた。
そして着いた。
…………………そして俺は家を通り過ぎた。
せっかくゆっくり寝ているんだ、もう少しこのままでいよう。
和「……………お父…さん……」
きっと、父親の夢を見ているのだろう。
だが、彼女の父はすでに物心着いた時にはもういなかった。
……………彼女の想う理想の父親、か。
葵「……和佳奈さんの理想の人は、どんなだろうな……」
少しずつ空に赤みがさしてきた。
もうすぐ夏の終わりだ。
この夏の薫りは忘れることはないだろう。