野球狂の挽歌

葵「おーい、また協力してくれ」
涼「協力って………またサッカーか?」
葵「いや、今度は野球だ」
涼「……………うちの大学、スポーツはダメなのか?」
葵「まあ、マラソンとかもドベ争いだし」
涼「わかった。で、いつ?」
葵「明日」
涼「あしたぁっ!?なんでもっと前に言わねえんだよ」
葵「いや、俺もついさっきだったんで」
涼「やれやれ…明日は綾さんとデートだったのに」
葵「俺かて和佳奈さんとデートだったんだぞ……」
涼「………お前も大変だなあ…………」

翌日。
競技場を借りての試合となった。
涼「…………………はあ…」
ものすごく深い溜息。
引き受けなければ良かった。
葵「ま、この際開き直ってやるしかないだろう」
和「頑張ってくださいね。応援してますから」
綾「涼さん、頑張ってくださいね」
涼「よっしゃ。こうなったらコールド勝ちにでもしてやろうぜ」
葵「………………現金だな、お前」

で、試合開始。
葵はピッチャー、涼はファースト、そしてあとは適当。
涼「いさぎよい作者というか、手抜き作者というか…」
葵「誰に言ってんだ?」
涼「あ、いや。こっちの話」

なにはともあれプレイボール。
葵「おりゃあっ!!」
ズバーンッッッ!
ミットの音が響く。
涼「うわっ、はやっ」
さすが体育系。
こういう時は頼りになるもんです。
涼「スタミナ配分考えとけよ。あとでバテても知らん」
葵「大丈夫だって。これでもちったあ手加減してんだぞ」
涼「手加減て………おいおい」
この試合、楽勝かもしれんな。

あっさりと三者三振し、こちらの攻撃である。
が、
すかっ
すかっ
すかっ
こちらも三者三振である。
涼「…………よええな。うちのチーム」
葵「…なんせ無勝のチームだからな」
涼「無勝だと?一回も勝ってないのか!?」
葵「ああ。いつもコールド負けで、頑張っても大差つけられてボロ負けだからな」
涼「……………一体どんな練習すればそんな弱くなるんだ」
葵「別に弱くなるために練習してるわけじゃないぞ」
涼「それはわかってるんだけどさあ………」

そんなこんなで試合は二回、三回ととんとん拍子で進み、舞台は六回。
葵「あっ、やべっ!!」
今まで全て三振だったのに、打たれた。
どうやら手がすっぽぬけたようだ。
涼「ドンマイ。いつかは打たれるもんだ」
葵「ああ……」
どうも打たれたショックで集中力が切れたようだ。
嫌な予感。

案の定、パカスカ打たれる。
プレッシャーに弱い男だ。
葵「うるせーっ!!」
涼「俺に怒鳴るな」
点は入れられていないものの、満塁のピンチ。
葵「ぜえ……ぜえ…………」
おまけにスタミナ切れ。
最大のピンチである。
涼「タイム!」
とりあえずこのままではダメだ。
涼「メンバーの中で結構速いやつはいるか?」
葵「いや、全然」
涼「交代させてなんとか凌ごうという作戦は無理か………」
となると、あとは………。
喜「涼君、葵君。頑張って〜」
涼「おや?」
入口の所に喜久子さんがいた。
葵「ん、喜久子さんだ」
いつのまにか来ていたようだ。
喜「あら?ここにボールがあるけど…」
葵「あ、さっきのファールボールだ」
涼「喜久子さん、ちょっと大変だろうけどこっちへ投げて」
喜「は〜い。いきますよ〜」
涼「こっちですよ」
ぷらぷらとグローブを振り、的代わりにした。
喜「えいっ」
喜久子さんがかわいらしいフォームで投げた。
7秒後。
ズバァァァァァンッッッ!
絶好調時の葵のボールよりもすさまじい音だった。
超弩級の豪速球。
時が止まった。

そして時は動き出す。
第一声である声は涼の奇声だった。
涼「ぎゃあああああああああああっっっっっ!!!」
葵「おっ、おっ、俺よかすげえぞ!!???」
パニックになる2人。
涼「な、なんでこんな球投げれるんですか!!!???」
喜「ええ。中学時代にソフトボール部にいたんです」
葵「いや、いたんですって言われてもこんな球……」
喜「実は全国大会で優勝して、そのピッチャーが私だったんです」
涼「何ですって!?」
葵「全国優勝!?」
涼と葵は互いに向き合い、うなづく。
涼「ピッチャー交代っ!!」
葵「俺に代わって喜久子さんっっ!!!」

その後はとんでもなかった。
ものの見事に三者三振し、裏では代打で出たが、初球をホームラン。
涼・葵「げ」
一体喜久子さんはどういう人なのだろう。
その後、七回八回九回は0点に抑え(当たり前か)、1−0で見事に勝利。
喜「それじゃ、私は夕飯の仕度があるから」
涼「ええ、ありがとうございました」
喜「どういたしまして。和佳奈さん、遅くならないでくださいね」
和「わかりました」
そういって喜久子さんは帰っていった。
葵「まさに助っ人だったな」
涼「ああ……………ふわ…」
大きなあくびをした。
綾「少し、休みますか?」
涼「ん…ああ。ちょっと肩貸して」
綾「はい」
2人で壁に背中を預け、綾の肩にもたれるように体を預けた。
涼「じゃ、ちょっとの間だけおやすみ…」
そう言ってすぐに寝た。
綾「お休みなさい、涼さん……」
それを見ていた他2人は、
葵「………あの2人」
和「すごい大胆ですね……」
すでに他の人が帰っているため、残っているのはこの4人だけではあるが。
かなりのらぶらぶっぷりである。
街中でこんなのやられたら間違いなく反感を買われる事必死だ。
葵「……………どうする?」
和「え?」
葵「………………俺としては…………その…………膝枕してほしい」
和佳奈はそれを聞いて真っ赤になった。
以前にもやった事はあるものの、いざやると恥ずかしいものがある。
和「………じゃ、じゃあ………あの2人の所より離れた所で…」
隣だとさすがに恥ずかしい。
和佳奈は壁を背もたれにして足を出して腰を下ろす。
そして、出した足の腿に葵が枕代わりにして寝転がる。
気持ちのいい柔らかさだった。
普段使っている枕よりもいい。
葵「少し、寝ていい?気持ち良くてさ」
和「葵君の馬鹿………」
ぽこっと頭を叩く。
強くは叩かなかった。
喜んでくれるならそれでよかった。
あまり葵にできる事がない。
綾と違って料理もできない。
それでも、葵のためにできることなら。
和佳奈は空を見た。
空は赤みがかかり、もうすぐ夕焼けになろうとしていた。

後書き

喜久子さんが意外な才能を持っているという設定ですが、まだ色々あると思います。
まあ、謎多き女性という事で(笑)。
それでは次回にて。