祈望

涼「大学祭?」
教授「そ。というわけでほい」
教授が出してきたものは箱だった。
上の方には穴が開いてあった。
潤「こいつは?」
教授「で、演劇のロミオとジュリエットをやるんだが役割は平等にくじ引きで」
臣「ものすごい平等だな。下手すると女役をやらされるのか」
眞「ま、とにかく引けと」
教授「そういう事だ。ほら早く」
梨「あたしらも?」
教授「モチロン」

眞「おっ、ラッキー。一般市民だ。ほとんど何もしなくていいじゃん」
臣「俺も市民か。楽でいいや」
潤「俺は照明か。まあ、楽な方か」
茜「兵士かいな。まあ立っとるだけでええやろ」
梨「あたしは黒子ね。ちょいと忙しいかしら」
美「私も黒子です」
涼「で、最後は俺か」
ずぼっと手を箱に突っ込む。
そしていくつかのくじの中からひとつ取り出す。
そしてくじに書かれたものは…。

ジュリエット

涼「何――っっ!!!????」
臣「はははは!!ヒロインかよ!」
眞「お前、とんでもないの拾ったな」
茜「………やらなあかんの?ジュリエット、女やけど」
教授「…………………イエス」
まさか教授もこうなるとは思わなかったようである。
苦渋の決断とはまさにこの事か。

潤子が廊下を歩いていると、教授が呼びかけた。
教授「あっ、おーい倉木」
潤子「はい」
教授「ちょうどよかった。大学祭の出し物の演劇の役をくじで決めてるんだ。早速くじを引いてくれ」
潤子「何人か引いたんですか?」
教授「ああ。ジュリエット役が決まったし、残りのメインはせいぜいロミオぐらいだな」
潤子「ふーん」
適当なくじを取り出す。
くじに書かれた役はこう書かれてあった。

ロミオ

潤子「え―――っっっっ!!!!???」
教授「おっ、これで主役2人は決定か」
潤子「ジュ、ジュリエット役は?」
教授「ああ、ジュリエット役は…お、ちょうどいいとこに」
涼「へ?」
教授は涼の肩をぽんと叩く。
教授「紹介する。ジュリエット役の如月涼君だ」

潤子「――――――っっ!!」
梨「良かったじゃない。愛しの王子…」
潤子「わーっ!わーっ!わーっ!」
大慌てで梨花の口を塞ぐ。
教授「知ってると思うが、大学祭は1ヵ月後だ。それまでに練習しておくように」

潤子「まったく……なんだってあいつとやんなきゃいけないのよ」
帰りがけによった喫茶店で愚痴る。
梨「いいんじゃないの?せっかく近づけるチャンスだし」
美「それに、演劇をやると言っても、まだできなそうですし」
潤子「何言ってるのよ。劇なんてそんなもん簡単に…」
梨「じゃあ、あたしを涼だと思って、『涼君』って呼んでよ」
潤子「うっ………」
梨「『涼君』って平気で言えなきゃ劇以前の問題よね。王子様の前であがっちゃったら最悪だもん」
潤子「い、言えるわよ。そのくらい」
梨「じゃ、言ってみて」
潤子「……すー、はー…」
深呼吸するほどのものだろうか。
笑い飛ばしたい衝動に駆られるが、やってしまうと下手をすると泣き出す可能性もあるのでやめた。
潤子「じゃ、じゃあ、い、いくわよ」
梨「早くしてよ」
潤子「りょ、りょ、りょっ……りょっ…」
…………予想通り、というかそれ以下かもしれない。
梨「……パンチが出せるのになんで言葉が出ないのよ」
普通と逆だ。
どこをどうすりゃ言葉よりもパンチが出るのか教えてもらいたいものだ。
美「……劇、失敗かも」
この妹、恐ろしい一言を。
この一言でトドメとなった。
潤子はぐうの音も出なかった。

3日後
潤「ほれ、台本」
涼「………どっから出したんだ。今」
潤「気にするな。しかし疲れたよ。DVDで原作の映画が出てたんで、セリフをパソコンのマイクで拾って、少しずつ修正してようやく完成したよ」
涼「よし、これで練習が出来るな」
眞「練習熱心だな」
涼「まあ、決まったモンはしょうがない。全力でやるだけさ」
臣「じゃ、そういうわけで頑張れ」
涼「え?手伝ってくれるんじゃないの?」
臣「手伝うったってお前と絡むシーンはほぼ皆無だし、結局はお前さん次第だ」
潤「それに手伝うんならもっと最適な人がいるだろ?」
涼「……………潤子さんか」
眞「その通り。メインはお前ら2人だからな。2人で協力しないと」
涼「…………またパンチを食らわなければいいけど」

さて、と……まずは潤子さんを探すとしますか。
2人の会話がメインだもんな。
この部分だけでもきっちりできるようにしないと。
……お、いたいた。
涼「あ、潤子さん。一緒に練習しよ」

えっ、れ、れれ、練習?
まさかこんなに早くも誘いがあるなんて。
…………まあ2人の会話がメインだからね。涼君もそう思ったんだろう。
潤「う、うん」
妙に上ずった返事が出た。
返事をするだけでも大変なのに会話になったらどうなるんだろう…。

涼「潤子さん…緊張してる?」
うっ………。
そりゃこれで通算8回もミスしている。
好きな人と共演するというだけでえらい緊張だ。
涼「まあ、芝居をするってのは滅多にないからね。緊張しない方がおかしいか」
そうじゃない。
涼君だから緊張している。
そう言いたい。
でも言えない。
言いたくても声に出ない自分がいる。
涼「んー………」
涼君が何かを考えている。
涼「…よし」
近くにあった小さめのテーブルに椅子を2つ向かい合う形で置いた。
涼「じゃあ、潤子さん、椅子に座って。どっちでもいいから」
何がしたいのだろう。
考えが読めない。
とりあえず言われるままに座った。
潤子「こう?」
涼「もうちょっと顔をテーブルの中心に寄って」
テーブルに肘を立てて、顔を三脚カメラのように肘を立てた手の上に乗せる。
涼「うん。それでいいです」
そして涼君はもう一方の椅子に座り、私と同じような態勢にした。

……………………………え。
こっ、こっ、こっ、これって………。
至近距離で見つめあっている…!
顔が紅潮しているのがわかる。
顔に出ているのだろうか。
顔色が露骨に出ないという人間の仕組みに感謝したい。
心臓の鼓動が大きく聞こえる。
心臓の鼓動が他人に聞こえないという人間の仕組みに感謝したい。
涼「潤子さん………かわいいね」
!!!!!!
潤子「なっ、なっ、なっ……」
このように動揺して声が上ずるのは感謝したくなかった。
涼君がにこにこと笑う。
改めて実感した。
いや、限りなく痛感に近いかもしれない。
涼君の事が好きなんだ。
どうしようもないくらい。
そう考えていると、涼君が立ち上がった。
涼「よし、こんなもんかな」
潤子「え?」
涼「こんだけ潤子さんが真っ赤になったんだ。ちょっとやそっとじゃ緊張しなくなったでしょ?」
…………わ、私のために?
……ありがとう、涼く
…………………………………………ちょっと待って、さっき涼君なんて言った?
…………………………………
………………
…………
………………………………私が真っ赤になった?
…………

潤子「なっ、何て事言うのよっっ!!!」
ドゴォッッ
潤子パンチ炸裂。
涼「うぐっ……すんません」
大量の血を吐きながら涼君は謝る。
………まあ、その後は緊張しないで済んだから涼君に感謝しないとね。

1週間後。
梨「で、どう?調子は」
潤子「バッチリ。ある程度台本も暗記できたし」
美「涼さんの方は?」
潤子「……それがね、涼君…私のセリフまで覚えてるの」
梨「うわっ、すご…」
美「涼さんの方はもう完璧ですね」
梨「……ところがね、本人はそうは思ってないみたい」
潤子「え?」
梨「たまたま見たんだけど、あいつ他の所でも練習してんのよ」
美「他の所って?」
梨「ほら、あそこ」
梨花が指をさす。
さした方向には公園があった。
あそこの公園はかなり広く、中央には塔のような作りになっており、頂上から景色が覗けるようになっている。
潤子「ま、まさか…」
梨「そ。あの塔の所で練習してんのよ」
美「じゃあ、声とかも…」
梨「勿論。最初見た人達は笑ってたけど、あいつの真剣な練習を見ているうちに誰も笑ったり野次られる事もなくなったの」
潤子「じゃ、じゃあ……今も?」
梨「でしょうね。講義が終わったらすぐに大学出てったから」
3人は塔を見た。
塔の頂上には、誰かがいた。
潤子「…涼君……」
はっきりと顔までは見えなかった。
しかし、あの体の動かし方は女性の動きだ。
梨「よく見えるわね。まああんな所であんな動きするのは涼君以外ありえないだろうし」
潤子「………わ、私、大学に戻る!」
きっと練習するのだろう。
あんなにも涼が練習しているのを見たのだ。
猛スピードで大学に戻っていった。
残された梨花と美香は溜め息をついた。
梨「やれやれ、潤子も大変な男に惚れちゃったわね…」

後書き

今回のタイトルは新堂敦士の『祈望』から。
ちなみにこれで『きぼう』と読みます。
予想をつけるまでもないでしょうが次回へと続きます。
次回で早くも新しい展開になります。
それでは次回にて。