サムライシンドローム

涼「ねえ、潤子さん」
潤子「なに?」
涼「デート、しよっか?」
潤子「えっ、ちょっ、なっ…」
涼「…俺とじゃ、嫌?」
潤子「うっ、ううんっ」
涼「じゃ、決まりね」
潤子「…うん」

梨「…見事な流れね」
芸術の域ですらある。
潤子「なんかね、ああいう攻め方されると断りようがないのよ」
梨「ま、初めてのデートなんだし、満喫してきなさい」
潤子「ねっ、ねえ梨花。何着てきたらいい!?」
梨「…あたしはアンタのアドバイザーじゃないわよ」

で、デート当日。
待ち合わせ場所はこの付近ではわりと有名な公園。
涼「…結構広いな」
初めて来る人間は必ずこう言う。
潤子「…広いわね」
当然、初めて来る潤子も。

芹「へえ、あの公園で待ち合わせか」
梨「まあ、『銀の鈴』みたいなところよ。待ち合わせとしては最適な場所ね」
臣「俺は行ったことねえけど、どんなとこだ?」
眞「んー、まあわかりやすく言えば大きな円になってるんだ。その中央には噴水と芝生やら花やらで覆われててあまり広くないな。コンパスで描いた線を太くした部分が動ける範囲だ」
臣「…円になってるんだろ?じゃあ待ち合わせをするには不向きじゃないか?」
梨「その道にね、色々と目印代わりになるのがあるからそこで待ち合わせすんのよ。だけど、『目印』にしちゃいけない『目印』ってのがあるのよ」
臣「…どんな目印だ?」
梨「中央にある時計」

涼「えーと、時計、時計…お、ここだ。ちゃんと正面向いてるな」
事前に待ち合わせの場所を決めていた。
本に掲載されていた時計だ。
潤子「えっと……あ、ここね。時計が正面向いてるから」

潤「そりゃまた何故?」
梨「あの時計、裏表にあるのよ」
芹「そうか。時計が正面に向いていても反対側も正面を向いてるか」
梨「おまけに、中央の部分は高くなってて反対側が見えない作りになってるのよ」

涼「……遅いな、潤子さん」
…ひょっとしたら反対側にいるかもしれない。
その反対側。
潤子「…遅いわね、涼君」
もしかしたら反対側にいるかも。

臣「でも、どっちかが動けば会えるわけだろ?円になってんだから」
梨「…それはそうね。だけど、同時に動いたらどうなると思う?」
眞「…お互いが入れ替わるわけか」

涼「…いないな」
潤子「…いないわね」

臣「だけどさあ、円になってんだからいくらなんでも会えるだろ?」
梨「……あの2人ならやりそうよ」

梨花の言う通りだった。
ものの見事に会えてない。
何度反対側へ移動したのやら。
ぽたっ
何かが落ちてきた。
雨だ。
その雨粒は次第に多くなってきた。
涼「まずいな…」
雨宿りする場所がない。
かといってここを離れるわけにはいかない。
潤子「どうしよう……」
他のところへ行っている最中に来たら。
……待とう。

ピリリリリ…
芹「お、携帯が鳴ってるな…はい」
涼「もしもし、芹禾さん?」
芹「ああ、涼か。どうした?」
涼「潤子さん、知りませんか?」
芹「え?潤子とデートじゃないのか?」
涼「全然来ないんですよ。ひょっとしたら臣達と一緒かと…」
芹「潤子と涼以外はみんなここにいるよ」
涼「そうですか…」
その時、梨花の携帯が鳴った。
梨花は待受画面を見た。
潤子だった。
…本当に会えてなかったとは。
予想してはいたものの、本当になると唖然とする。
梨「もしもし」
潤子「あ、梨花?涼君知らない!?」
梨「…いないわよ」
ここにはいないが、知ってはいる。
臣「梨花、教えてやれよ」
梨「まあ、雨も降ってるしね」
潤子「何の事?」
梨「ん、何でもない。いい、潤子?今公園のどこ?」
潤子「時計が正面に見える所」
梨「ちょっと待ってて…芹禾」
芹「ああ……涼、今どこにいるんだ?」
涼「時計が正面に見えるとこです」
芹「じゃあ、今すぐ反対側に行ってくれ」
涼「え?でも潤子さんいなかったんですが…」
芹「大丈夫。必ずいるから」
涼「…?はい、わかりました」
涼との通話が終わった。
梨「潤子、絶対にそこから動いちゃだめよ。地球が砕け散っても」
潤子「…うん」
潤子との通話が終わった。
臣「やれやれ、やっと会えたか」
梨「手間かかりすぎよ、あの馬鹿2人…」

ザー…
周りには誰もいなかった。
傘を持ってこなかった事に後悔した。
いくら待っても来ない。
何かあったのだろうか。
そう考えると不安になってくる。
足音が聞こえた。
足音の方を見た。
来た。

涼「潤子さん…良かった…いたんだね」
潤子「え?」
涼「俺の探し方が悪かったみたいだ。ごめん」
潤子「探して…って……涼君、いつからここに?」
涼「約束した時間より10分ぐらい前に」
潤子「…え、私もその頃に来たんだけど」
涼「え!?じゃあ……ずっとすれ違ったって事!?」
潤子「みたいね…ふふ…」
涼「はは…」
笑いあった。
こんな奇跡とも言えるような出来事があるなんて。
ふと、潤子の唇を見た。
指ですっとなぞる。
涼「冷たいね」
潤子「あなたのせいよ…」
その唇はいつもよりも魅力的に見えた。
顔を、潤子の唇に近づける。
潤子は抵抗しなかった。
言葉はいらなかった。
潤子は瞳を閉じた。
唇と唇を重ねた。

翌日
芹「あれから電話もないし、無事に会えたみたいだね」
臣「けど、あの雨ん中だぜ、無事じゃ済まないだろ」
梨「確かにね、あの2人風邪ひいてるわよ」
眞「でもなあ…あいつらの事だろうから…」
その時、2人が割り込んできた。
涼「よっ、何の話だ?」
潤子「どうせあたしらの話してるんでしょ」
2人ともピンピンしている。
眞「…な」
梨「ま、『バカ』は風邪ひかないって言うしね」
涼「なんで『バカ』だけ強調を…」
梨「決まってるじゃない、あんたら『バカ』だから」
芹「ま、あんだけ雨に打たれて平気だからね」
梨「…で、あんたらしたの?ね、ね」
潤子「…何よその妙な笑みは」
涼「そりゃ、もちろ」
潤子「わーっ!!」
バキィッ
ものの見事に吹っ飛ばされる。
臣「…こりゃ先が思いやられるな」

後書き

今回のタイトルは新堂敦士から。
歌詞に『言葉もなくしたままKISSをした、冷たい雨の中』というのがあったんですね。
『これ使えそうだなあ』とおよそ2年近く考えてましたがようやく使えました。
とりあえず進展しましたが次回はちょっと趣向を変えたものをやってみようかと。
それでは次回にて。