バレンタイン・キッス

ドサドサドサッ
靴箱を開けると、大量のチョコレートが中から落ちてきた。
臣「…すごいな」
涼「嬉しかねえけど」
原因は去年の大学祭だ。
ロミオとジュリエットの演劇によって涼の人気が急激に伸びたからだ。
涼「持つの手伝ってくれ。俺一人じゃ食べきれないし」
茜「食べるんかいな」
涼「もらったものはしょうがないし、捨てるわけにはいかないだろ」
眞「そんじゃ、食うのを手伝ってやるよ。メシ代わりになるし」
芹「…それはまずいだろう」
そのやりとりを遠くで見ていた潤子は、
潤子「…ふんっ」
ぷいっと機嫌を損ねて教室へと向かった。

ポリポリとチョコレートをかじる音が教室に響く。
眞「これだけもらうと気分いいんだろうな」
涼「んー、本命の潤子さんのチョコをもらってないからな」
潤「なんだ、もらってないのか」
涼「ああ。この山の中には潤子さんのはないみたいだし」
机の上にはあるチョコは涼の分だけではなく、芹禾や潤の分も含まれている。
チョコの山はスーパーによくある特売品コーナーのような形になっている。
芹「一人につき14、15個完食を目標としないと。そうしないと腐るな」
臣「きっついなあ、梨花の分もあるのに」
涼「あれ?もらったの?」
臣「まあな。『どうせもらえないだろうからあげるわよ。』なんて言いやがって」
…見事なツンデレ口調。
眞「俺も美夏からもらったぞ」
涼「なんだよ、もらってないの俺だけかよ」
潤「いずれもらえるだろ?恋人なんだからもらえないって事はないだろう」
涼「そうなんだけどさ…」
茜「いっそのこと、ねだってみたらどうや?」
涼「うーん…『別にチョコをあげなきゃいけない日じゃないでしょ』とか言いそうなんだよなあ…」
芹「でも、言わないよりかはマシだと思うけど」
涼「…直接聞いてみるか」

とりあえずある程度チョコを片付け、潤子のところへ。
すぐに潤子をみつけ、潤子に聞く。
涼「潤子さん」
潤子「どうしたの?」
…あれ、チョコを渡しそうな気配を感じない。
涼「今日、何の日かわかる?」
潤子「バレンタインデーでしょ」
…うわ、冷たい反応。
思い切って聞いてみるか。
涼「…俺へのチョコは?」
潤子「…ないわよ」
涼「え、ど、どうして?」
潤子「別にチョコをあげなきゃいけない日じゃないでしょ」
……予想通りの返答だ。
しかし、おかしいな。
チョコに対して何の反応も示さないのが逆に変だ。
ふと、潤子の手を見た。
包帯を巻いている。
昨日は包帯を巻いてなかったのに。
………………………………………………もしや。
涼「潤子さん、ひょっとして…チョコ作るのに失敗したの?」
潤子「そ、そんなわけないじゃない」
反応があった。
間違いない。
作ろうとしたけど火傷をしてしまって作れなかったんだ。
涼「そっか、俺のために作ろうとしたんだ」
潤子「べっ、別にそんなつもりなんかないわよ!」
…ここまで否定しているのは何故だろう。
……ひょっとしたら今朝のを見たのだろうか。
…………ヤキモチか。
それならこの態度に納得がいく。
対処も実に簡単だ。
涼「…まあ、ないならいいや。また来年を楽しみにすればいいし」
潤子「えっ…」
涼「今日は授業はもうないし、一緒に帰ろ」
潤子「う、うん…」
予想外の行動だったのだろう、潤子は涼の誘いに断われなかった。

大学の入り口にて。
人が多く行き交いしている中、涼は潤子を待つ。
少し待っていると、潤子が来る。
涼「お、来た来た」
…計画実行。
涼「潤子さん、今朝の俺のロッカーは見た?」
潤子「知らないわよっ」
やはり見ていたか。
でなければこんなにぷいっとした態度はしてこないはず。
涼「ふーん、ヤキモチ妬いてるのか。かわいいなあ」
潤子「そ、そんなわけないじゃない」
確信を突かれ、赤くなる潤子。
涼「…潤子さん、ちゃんとした恋人になりたい?」
潤子「な、なによ。それ」
涼「嫌だったんでしょ?俺が他の誰かからチョコをもらうのを」
潤子「…うん」
涼「大丈夫。来年からはもらわなくなる方法を知ってるんだ」
潤子「え?」
涼「それをやればもらわなくなるけど、やってほしい?」
潤子「…………うん」
涼「じゃあさ、まずは目をつぶって」
潤子「え?こう?」
言われたまま、潤子は目を閉じる。
涼「うん」
そして涼は潤子に近づく。
涼「目、開けて」
潤子「うん……っ…!」
目を開けた瞬間、キス。
その光景は、周りの人も見ていた。
涼が狙っていたのはこれだった。
これが口コミで見ていない人に伝わり、そしてチョコをロッカーに入れた人にも伝わり、来年のチョコは諦めるはずだ。
潤子「あ………あ…」
真っ赤になりつつ、よろよろと後ろに下がる。
涼「これで来年はこないはずだ」
潤子「ばっ、馬鹿っ!涼君のばかっ!」
キスシーンにざわついている人の群れから逃げ出すように潤子はその場を去った。

翌朝。
梨「あんたねえ、何考えてんのよ」
昨日の出来事はおなじみの人達にも伝わったようだ。
美「もう少しムードが必要ですよ」
さすがに美夏も涼の行動に呆れを感じたようだ。
涼「でもこれで大学公認のカップルになれたから良しとします」
梨「良くないわよ」
そもそも公認って何だろう。

ロッカーを開けると、中に何かが入っていた。
包装されているところを見ると、チョコだろう。
…1日過ぎている。
取り忘れ、ではない。
チョコを取り出すと、どうやら市販されている板チョコのようだ。
バレンタイン用のチョコではない。
チョコと包装紙の間に何かが差し込まれている。
メッセージカードのようだ。
それにはこう書かれていた。

『ごめんね。それと、ありがとう』

涼「…潤子さんらしいな」
潤子らしいやり方にくすっと笑った。

後書き

今回のタイトルは国生さゆりから。
最近ではテニプリのキャラが歌ってオリコン上位にランクインされたやつがありますね。
今回にて大学2年目は終了となります。
…実はですね、何の前触れもなく3年目の話を先に書いてしまったため(この次の話です)、恋愛のイベントであるバレンタインデーをスルーしてしまうところでした。
次回からは3年目になります。
それでは次回にて。