25時14分

芹禾は湾岸線を疾走していた。
この辺りに零のR33がいるはずだ。
しかし、それらしき姿は見当たらない。
時間帯を間違えたかもしれない。
時間の約束はしていなかった。
首都高のバトルはスタートラインがない。
遭遇した瞬間からバトルになる。
バトルといっても勝敗はあまりない。
ゴールがないからだ。
峠は麓の辺りがゴールになるが、首都高にはそんなものがない。
首都高では首都高をおりる者、首都高に残る者、それだけである。
……おりた可能性がある。
となると、零とのバトルは延期して、首都高をおりるか、他のクルマとバトルするかだ。
しばらく走っていると、バックミラーにクルマの姿があった。
250は出しているのにもだ。
後ろのクルマが近付いてくる。
ライトのタイプは…リトラクタブルヘッドライトではない。
色は白。
零のR33にあてはまる。
クルマの姿が見えた。
R33。
間違い無い、零のR33だ。
それを認識した直後、
R33がパッシングをした。
バトルの合図。
道路の状況は前方にトラック1台。
トラックを抜いてから開始だ。
ハザードを点灯。
トラックが近付いてくる。
ハンドルを右に入れ、トラックを追い越そうとする。
R33も同様に右へ。
トラックを抜いた。
ハザード解除。
すぐさまアクセル全開。
加速計を見る。
250からグンッとメーターの針が動く。
260、265、270、275、280……。
多少誤差があってもせいぜい+−4、5程度。
遅くとも275は軽く出ている。
これで7、8割。
全開にはしない。
全開にした場合、300は絶対に超える。
300の世界はまったく違う。
250あたりから回りのクルマが止まり、280あたりだと逆にクルマがこちらに向かう。
300は人それぞれの体感が違う。
芹禾の体験したのは全てが凶器に感じた。
たまたま窓を開けていたため、葉っぱが頬を切り裂いた。
まさか葉っぱでケガするとは夢にも思わなかった。
それ以降、息苦しい時はバトル中は我慢して、止まってから窓を開けることにした。
今日の一般車は丁度いい数だ。
深夜というのもあるだろう。

クルマが多すぎるとバトルは無理だが、少なすぎるのも問題がある。
取締の情報を聞き逃した可能性がある。
ルーレット族はこの首都高においてガンのようなものと思われている。
検挙しても増え、イタチごっこのようなものだ。
漫画の影響というのもあるだろう。

3車線のうち、真ん中の車線のみ一般車。
芹禾はハンドルをくいっと左に傾ける。
すっと左の車線にうつる。
零はどうするのだろうか。
一般車を抜く。
だが、抜いた直後、抜かれた。
零は右の車線から一般車を抜いた。
零のR33は芹禾のST205よりもパワーを重視しているため、加速は驚異的なものを見せる。
以前、馬力を聞いた時は480馬力と聞いたが、もっとあるような気がする。
500はあるだろう。
一方、芹禾のST205はR33には馬力で負けるが、コーナリングでは芹禾の方が上だった。
だが、直線オンリーとも言える湾岸線ではコーナリングが強くとも、メリットにはならない。
零のR33は湾岸線タイプだが、芹禾のST205は環状線を得意としたタイプだ。
環状線は湾岸線に比べると直線が少なく、コーナーがかなり多い。
よって馬力も必要だが、ある程度曲がりに強くなければならない。
芹「まいったな……」
やはり湾岸では零にかなわないか。
この後ねばっても最終的には馬力で負ける。
芹禾はアクセルを抜いた。

芹「相変わらずの速さだな」
零「そりゃ、GT−Rはパワーが命だからな」
2人は首都高をおり、近くのパーキングエリアで駐車した。
芹「これで曲がりがよくなったら完璧だな」
零「理想と現実は違うんだよな、曲がりをよくしようとすると今度はパワーが悪くなるし、アブソリュートにはほど遠いな」
アブソリュート、か。
確か、意味は神、完璧、絶対といくつかある。
零の言うアブソリュートとはアイデンティティーと同じようなものなのだろう。
零「……よし、もう一回するか」
芹「ああ、別に構わないが……」
先程と同様に負けてしまうのでつまらないのではと思った。
零「別にいいさ。俺は勝ち負けではなく、バトルそのものが好きになんだから」
零はそういってR33に乗り込んだ。
勝ち負けではなく、バトルそのものが好き。
芹禾の頭の中でやけにその言葉が響いた。

またしても芹禾が負けの状況だった。
道路状況を改めて見る。
ほとんどクルマはいない。
あれからかなり時間も経っているため、1、2台程度しかいなかった。
全開でいってみるか。
窓は開いていない。
前方にはクルマの存在はない。
…やってみるか。
アクセルをぐっと踏みこむ。
エンジンが唸る音が聞こえる。
速度計は290。
タコメーターを見る。
回転はまだオーバーレブするほどではない。
まだこのクルマの限界を見たことがない。
ならば限界ギリギリまでやってみるか。
アクセルをベタ踏み、さらに唸りが聞こえた。
その直後、世界が変わった。

何も聞こえない。
唯一聞こえるのはクルマの呼吸だけ。
景色は速度に流され、見えるのは先だけ。
300オーバー。
タコメーターはまだ若干の余裕があった。
あと20か30。
それがこのクルマの限界領域だろう。
それ以上はこのクルマをチューニングしなければ無理だろう。
前方にはR33がいた。
零はいつもこの世界にいるのだろう。
羨ましいとも恐ろしいとも思った。
少しずつではあるがR33に近付いていく。
妙だ。
R33のパワーならもっと出せるはずだ。
それなのに……。
……俺とのバトルを純粋に楽しむか、これ以上の加速した世界に恐怖しているかのどっちかだ。
………後者を願う。
もしかするとこれ以上の世界は踏み入れてはならない世界なのかもしれない。
禁断の世界か。
その世界は神速と破滅が待っているのかもしれない。
R33との差はクルマ1台程度に縮んだ。
このまま行けば抜ける。
だがR33にも意地がある。
まだ加速する気がある。
あのR33にはまだ余裕がある。
しかし、これ以上の加速は危険だ。
これ以降の世界は生と死が表裏一体になっている。
芹「零、これ以上はやめよう」
バトルはいつでもできる。
ここで無理をするとクルマにも人体にも影響がある。
だが、芹禾の思惑とは裏腹に、R33は加速した。
芹「零?もういい」
加速計は300までしかない。
すでに針は300の目盛りを超えている。
コーナーが見えた。
まずい!
芹「零っ!減速しろ!!」
R33はかなりの重量を誇り、コーナリングの性能もいいが、チューニングの問題で良くも悪くもなる。
……零のチューニングは直線重視だ。
それゆえに、コーナリングが犠牲になっている。
その速度ではコーナーをクリアできない。
一方、芹禾のST205は加速とコーナリングをバランスよくチューニングしているため、ある程度のオーバースピードでもコーナーをクリアできる。
芹「零っ!!」
R33からスキール音が鳴る。
芹禾は瞬時にR33とコーナーとの距離をチェックした。
……間に合わない。
壁に刺さる。
派手にクラッシュしなければ零は生き残れる。

だが、芹禾は今の世界を理解するのを忘れていた。
ここは300という常識を覆す世界だという事を。

ガンッという派手な音がした。
まるで大砲が発射したかのような音だ。
その音と同時にR33が宙を舞った。
車体がふわんと浮き、ゆっくりと捻っていった。
芹禾にはスローモーションのように見えた。
あんな重いクルマがこうも簡単に。
そして再びガンッという音と共にクルマが逆さになって地面と激突。
そのまま逆さの状態で地面を滑り、そのまま30メートル近く滑り、再び壁に激突。
芹「零―っ!!」
ブレーキペダルを乱暴に踏む。
だが、スピードの出すぎでなかなか減速しない。
ブレーキの応答性を良くするべきだった。
芹「くそっ、止まれよ、馬鹿っ!!」
芹禾は自分のせいなのにも関わらず愚痴った。
10秒ほどしてようやく止まった。
芹禾がクルマから飛び出るように出てくる。
芹「零っ!!」
クラッシュしたR33の元へ駆け寄る。
R33の近くに着き、ドライバーのシートが見えた。
芹「大丈夫か、零っ!」
だが、R33のドライバーシートを見た瞬間、
芹「れ……い………っ……――――――――っっ!!」
芹禾は叫んだ。
芹禾が見たモノは、300の世界という名の地獄だった。

後書き

今回300の世界について書きましたが、作者は体感したことはありません。
新幹線はそのぐらい出ますが、実感がほとんどありません。
まあエンジン音とか振動とかほとんどありませんから(快適な旅を満喫するためでしょう)。
実際には300の世界はどうなんだろうと思いますが、俺は遠慮することにします。
……今回の小説でまたしても死人が出ました。
ほとんど俺の書く小説のセオリーと化しています。
なんとかするべきかこのままにしとくべきか少々悩みます。
次回で最終回であると同時にクルマ小説完結となります。
それでは次回にて。