就寝前。
ふと、あなたはこんなお願いをしてきた。
涼「ねえ、綾」
綾「なんですか?」
涼「えーとさ……んー……」
あなたは口ごもる。
珍しい光景だった。
いつもならさらっと言ってくるのに。
綾「…いいづらい…事ですか?」
涼「いや、そうじゃないんだ」
性質の悪いおねだりではないようだ。
……それでもそのおねだりを受け止めてしまうけれど。
涼「…寝る時にさ、綾の胸元で寝ていい?」
綾「……と、言いますと?」
なんとなく、おねだりの内容が思い浮かぶが、ハッキリとは見えない。
涼「んー、胸枕…とはちょっと違うかな…もうちょっとこう…抱き寄せるみたいな…」
あなたの解釈で内容がハッキリと見えた。
胸元に抱かれるような体勢で寝たいのだ。
おねだりの内容は理解した。
次に、そのおねだりを受け止めるかどうか。
断る理由はどこにも無かった。
綾「もちろん、いいですよ」
そして、就寝。
私が先にベッドに入り、ころんと横になる。
綾「涼さん、いいですよ」
涼「それじゃ、失礼します」
あなたもベッドに入り、姿勢を丸めて、私の胸元に近づく。
涼「………ふぅ…」
ゆっくりと呼吸をし始める。
…そろそろ、おねだりの理由を聞いてみたい。
綾「……どうしてですか?」
涼「え」
綾「私の胸元で、寝たいって」
涼「ん……なんとも説明しづらいんだけどさ」
私の顔を見ずに、胸元の方に向いたまま、答え始めた。
涼「なんか、落ち着くんだ」
落ち着くというのは様々な意味がある。
ゆっくりとその落ち着く理由を聞いてみよう。
綾「どんな風にですか?」
涼「なんか…こう…安らいでいって、自然とふわっと眠くなるみたいでさ…」
睡眠作用、だろうか。
涼「なんだろう…あったかい匂いがするんだ」
匂いそのものに温度は無い。
けれど、私はあなたの言葉が理解できる。
好きな人の匂い。
それはとっても優しく、いい香りがする。
涼「あったかい匂い……なんて…表……現……しな…い……か……」
言葉がゆっくりと途切れていく。
眠りに落ちていく。
涼「…ん……すー……すー…」
やがて、呼吸は寝息へと変わっていった。
そっとあなたの後頭部を持って、もう少し密着させる。
綾「…ねえ涼さん、あなたがおねだりをするって……滅多にありませんよ…」
提案はよくある。
が、おねだりというのはほぼない。
綾「それに…あなたの匂いもあったかいんですよ…」
暖かい匂いというものは実在しない。
けど、それを感じる事ができる。
好きな人の匂いは非科学的なものなのだ。
やがて、意識がぼんやりとして、まぶたが重く感じてきた。
自分にもゆっくりと睡魔がやってきた。
それに逆らう事なく、目を閉じ、そっとあなたに囁いた。
『おやすみなさい』