綾「ゴールデンウィーク、ですか…?」
涼「うん。俺は特に行きたいところが思い浮かばないし、綾はどこへ行きたい?」
綾「……藤沢へ行ってみませんか?」
涼「藤沢というと…」
綾「はい、私の生まれ故郷です」
涼「…うん。行ってみよう。俺もどんな所か気になるよ」
そしてゴールデンウィークが到来。
神奈川県藤沢市へ出発する。
最寄の新幹線の駅は新横浜。
綾「まずは隣の鎌倉市へ行ってみましょう。前は休日に時々遊びに行ってたんです」
涼「うん」
鎌倉に到着。
綾「どうです?鎌倉の第一印象は」
涼「うーん…鎌倉って割と古風かと思ってたけど、そうでもないんだなと」
綾「そうですね。確かにお寺や神社もありますが、古き文化の中に新しい風を常に入れているんです」
涼「なるほど…」
風景は懐かしさを感じるが、古くは無い。
京都は伝統を重んじるが、ここ鎌倉は新しさを文化の中にゆっくりと取り入れてるのか。
だから古さを感じず、かといって最先端の戸惑いを感じない。
綾「何箇所かお寺を回ったら藤沢へ行きましょう」
涼「うん。わかった」
何箇所か寺を回り、ある程度鎌倉を堪能した後、いよいよ藤沢へ。
鎌倉から江ノ島電鉄、通称江ノ電で藤沢市へ向かう。
その江ノ電はかなり特殊なモノだった。
涼「うわっ、凄いところを通るな…」
本当に住宅の真横を通る。
至近距離のため、家の中がのぞけそうだ。
綾「普通の電車はある程度スペースを作りますが、この江ノ電はあまりないですね」
涼「本当に至近距離だな」
綾「中には線路をまたがないと入れない神社もありますよ」
涼「へえ…」
そして藤沢市に到着。
綾「懐かしい…」
綾の瞳が爛々としている。
涼「ここが綾の生まれ故郷か…」
綾「ちょっと、駅前を歩きましょうか」
涼「そうだね」
綾「懐かしいです。引っ越す前と同じです」
涼「…」
綾は本当に嬉しそうな顔をしている。
ただ、何かがひっかかる。
それが何かわからない。
ある事に気付いていない自分がいる。
何だろうと考えているうち、少し前にいる女性2人から声がかかった。
女性「あっ、綾−っ!」
女性B「ホントだっ!綾っ!」
綾「あっ!みんな!」
どうやら高校時代の友人のようだ。
涼「久しぶりに会ったんだ。おしゃべりしてていいよ」
綾「いいんですか?」
涼「ああ。俺はもう少しこの辺りを歩いてるよ」
綾「それじゃ1時間したら戻りますね」
涼「うん。ごゆっくり」
綾が2人の元へ駆けていく。
その光景を見て、やっと気付いた。
まだ俺は、綾の6年間しか知らなかった。
その前の17年間を知らなかったのだ。
ここには、綾の17年間がある。
涼「そうか…俺は綾の6年しか知らなかったんだ」
近くの喫茶店にて3人は談話をしていた。
女性「それにしても、この6年ですごい綺麗になったよねー」
綾「そうかな?」
女性B「そうよ、前も綺麗だったけどさ、今はこう…なんていうのかな。かわいさがグレードアップしてるような感じかな」
綾「そんな…」
綾は真っ赤になる。
自分ではそう思っていなかっただけに、褒められるのは嬉しくもあり、恥ずかしくもある。
女性「そういえば、さっき男の人と一緒にいたけど…カレシ?」
女性B「あーっ、あたしも気になっていたのよね。カレシなの?」
綾「……彼氏じゃないですよ」
女性「えーっ、てっきりカレシだと思ってたのに」
女性B「そうよー、あたし達は綾のカレシだと思ってたのに」
綾「私の旦那です」
女性「えーっ!?結婚したの!?」
女性B「すごーい!結婚したんだ!」
綾「転校して、最初に知り合いになったクラスメートだったの」
女性「へえー…で、好きになったキッカケは?」
女性B「そうよ、割といい男かもしれないけどやっぱり好きになった理由がないと」
綾「…内緒です」
綾は顔を赤くしつつ言った。
さすがに寝顔に惚れたとは言えなかった。
もちろん、その事は涼にも言っていない、綾だけの秘密なのだ。
女性「あーん、もう。気になるなあ」
綾「そういう2人は?」
2人「うっ…」
痛すぎるところを突いたようだ。
一時間後、友人達と別れて、涼と合流。
綾「どこか、行ってみたいところはありますか?」
涼「そうだな…湘南へ行ってみたいな」
綾「わかりました」
江ノ電で湘南海岸公園へ。
駅へ到着した頃には夕方になっていた。
海へと向かい、海岸へ着く頃には夕日が海へと沈もうとしていた。
その光景は写真やテレビでも見たが、実際に見ると、あまりにも綺麗な光景だった。
綾「綺麗ですね…」
涼「うん」
…気付いた事を言うべきだと思った。
涼「綾、友達に会ってたよね」
綾「はい」
涼「その時にさ、気付いたんだ。大事な事」
綾「大事な事?」
涼「綾と知り合って、6年が経った。高校3年から大学4年。そして結婚」
綾「…」
涼「でも、たった6年だったんだなって。綾はその前にここに17年間いた」
綾「…」
涼「もしかすると…いや、もしかしなくても17年と6年を比べれば歴然としている」
綾「…」
涼「綾の17年間は、光り輝いていたと思う」
綾「涼さん…」
涼「俺との6年は……どう…かな…。い、いや、別に弱気になったわけじゃないんだけどさ…」
弱気になったわけではない。
ちょっと、いや、どうしても気になった。
ここでの思い出と、俺との思い出はどっちかと。
綾にとって、意地悪な質問だったのかもしれない。
綾は、きゅっと俺の手を握る。
綾「もし、私がここと言ったら、あなたはきっとがっかりするんでしょうね」
涼「…」
綾「でも、私があなたを選んだら、私は『私』を否定してしまう」
涼「…」
綾「いじわるな質問ですね」
涼「…うん、ごめんね」
綾「ですから、私もいじわるな答えをしますね」
涼「え?」
綾「両方とも、大切です」
涼「…」
綾「もし、あなたが不満と思うのなら、これから創っていきましょう。あなたと私の記憶を」
涼「…そうだね」
焦る必要は無い。
6年は終わりではない、
始まりなのだ。
少しずつでいい。
記憶は、創ればいいのだ。
夕日はすっかり沈み、ゆっくりと夜になる。
涼「…帰ろうか」
綾「はい」
帰ろう、6年間の記憶の方へ。