恋愛処方箋

涼「ん……これは…?」
押入れの中をごそごそと探していると、少し大きめの箱を見つけた。
涼「何だ…こりゃ」
箱を押入れから取り出し、箱の中身を見てみた。
中には卒業アルバム。
高校時代のものだ。
涼「おーっ、懐かしいなあ」
卒業して5年ぐらい経過したが、アルバムはもらって以来一度も見ていなかった。
涼「ちょっと見てみるか」
パラパラとめくる。
修学旅行の写真が貼られてあった。
涼「…そういや修学旅行は京都だったな。中学の時も京都だったからまたかって思ってたけど……内心もう一回行ってみてえなあって思ってたからな…」
廊下から足音が近づいてくる。
綾「涼さん、どうかしましたか?」
足音の主は綾だった。
涼「うん、高校の卒業アルバムを見つけたんだ」
綾「あっ、懐かしいですね」
涼「一緒に見てみる?」
綾「そういえば…1年と2年の頃の涼さんってどんなだったんですか?」
涼「うーん、あんまり変わってないような気がするけどなあ…」
ペラペラとめくると、うまい具合に1年の頃の運動会が。
3年の頃より髪の毛は短い。
涼「この頃から髪の毛伸ばし始めたんだったな…」
綾「どうして伸ばしたんですか?」
涼「う…」
綾「…言いづらい事なんですか?」
涼「い、いや…あの時は自分の中でロン毛がカッコいいみたいなイメージがあったんだよ。それで伸ばし始めたんだったな…」
で、そのまま2年、3年と伸ばし続け、教育的指導を何度も受けたり逃げたり。
優秀生であると同時に問題児扱いされていた。
綾「切ろうとは思わなかったんですか?」
涼「いや、ここまで来たら切ってたまるかみたいな意識が出ちゃってさ…」
綾「ふふ、涼さんらしいですね」
涼「まあ若さゆえの過ちというか…ん」
ペラペラとめくっていると、卒業式の集合写真が出てきた。
涼「ああ、卒業式か…」
この頃はすでに綾と付き合っていた。
大学の合格発表の日に告白され、瞬時に返事をして、付き合うようになって。
涼「この時すでに綾と付き合っているんだよなあ…。すごい幸せな気分で卒業したんだったな…」
綾「……」
実は、この卒業式の日に、涼だけ知らない『ある出来事』があった。
話は卒業式の日にまでさかのぼる。

ピンポーン。
「はい」
ドアホンから声がする。
綾さんの声かな。
涼「如月ですけど、綾さんは…」
「あっ、少し待っててくださいね」
涼「うん」
予想通りだった。
近くの壁によりかかり、一息つく。
今日は卒業式、か。
綾さんと知り合って1年が経とうとしている。
…そして今、綾さんと付き合っている。
思わず顔がにやける。
卒業式というと寂しいイメージがあるけど、今日の卒業式はそういった思いは一切無い。
清々しい気分で高校を去れる。
カラカラと、玄関の戸が開く。
綾「お待たせしました」
涼「それじゃ行こうか」
すっと手を差し出す。
綾「…はい」
にこっ、と笑顔で綾さんは俺の手をきゅっと握る。
…人生の中で一番幸せかもしれない。

学校に着き、卒業式の舞台である体育館に入る。
男子「よっ、如月」
涼「よお」
男子「なんだよ、卒業式も藤原と一緒に来てんのかよ」
涼「いいじゃん。好きなんだし」
すでに付き合っている事はクラス中に知れ渡っている。
ていうか学校中でその話で持ち切りになっている。
わずか数日で学校内のトップクラスの美人ランクに入り、男子の憧れの対象になった藤原綾を見事に口説いたというちょっとしたニュースが学校中を駆け巡った。
涼という存在はちょっとした英雄であり、とてつもない憎しみの対象になっている。
男子2「しっかし、何人かが藤原に告白して玉砕したのに、お前は見事に成功したもんな」
涼「…え、マジ?」
男子「お前知らなかったのか!?」
まあ男というのは基本的に美人が好きなのだから告白するのは当然であろう。
涼「今の話…本当?」
本人に直接聞いてみた。
綾「はい。中には花束を持って渡そうとした人もいたんですが…『ごめんなさい』と…」
涼「それって…いつ頃?」
綾「今年になってからですよ」
卒業間近ということで決意した男子達が勇気を奮って挑む姿を想像した。
綾「告白してくれた事は嬉しかったのですが…私には…その…好きな人がいましたから…」
そして砕け散っていく男子達の姿を想像した。
涼「え…好きな人……って………お、俺の事?」
綾「…はい…」
顔を真っ赤にして答えてくれた。
涼「綾さん…」
男子「…あー、もうやってらんねえ…」
突如発生したノロケ話に男子全員がその場を離れた。

卒業式が終わり、生徒は色々な話をしながら帰っていく。
涼「…さて、帰ろっか。綾さん」
綾「そうですね」
男子「何だ、もう帰っちまうのか」
涼「ここにいてもやる事ねえし、さっさと帰るよ」
男子「…まあいいや、藤原と仲良くやれよ」
涼「おうよ」
なんだかんだで2人を祝福してくれた。

家へと向かう途中。
綾さんの顔がちょっと疲れているように見える。
卒業式で若干疲れが出たのだろう。
涼「あ、どこかで休憩してこうか?ちょっと疲れちゃってさ」
綾「そうですね…すぐそこの公園で休憩しましょう」
公園に入り、少し歩くとベンチがあったので座る。
涼「ふう…」
綾「ふふ、お疲れ様です。ジュースでも買ってきましょうか?」
涼「いいの?綾さんも疲れてると思うけど…」
綾「ふふ…私が疲れていると思って、休憩をしようと思ったんじゃないですか?」
涼「…わかります?」
どうやら俺の心を読まれているようで。
綾「ジュースはすぐそこで売っていますし、買ってきたら私も休憩しますね」
涼「それじゃお願いします」
ジュース代を渡すと、そのまま綾さんは自販機へ向かっていった。
…尽くされてるなあ、俺。
尽くしてると思っていたが、実際は尽くされてるのかも。
涼「ふわ…」
……そういえば昨日はあんまり寝てなかった。
おまけに3月なのに今日は暖かい。
風もなく、非常に穏やかだ。
………。
…。

綾「涼さん、買ってきまし……た…けど…」
涼さんは寝ていた。
時間にしてほんの2分程度しか経過していない。
自分でも意識していないくらい疲れていたのだろう。
それに今日は暖かい。
昼寝をするには最適なのだろう。
涼さんの隣に座る。
目が覚めたらジュースを渡せばいい。
隣に座った事に反応したのか、ゆっくりと顔が綾の方に傾く。
綾「ぁ……」
近い。
至近距離というよりも、零距離。
綾「……」
寝顔…。
……そう、私はこの寝顔に惚れてしまった。
夏休みに熱中症にかかった私を介抱してくれたお礼にと、自宅に招待した時からだった。
その寝顔に吸い寄せられそうだった。
………。
……キス…してもいいかな。
夏休みの時はまだ付き合ってもいなかった。
でも……今は…。
ちらり、と周りを見回す。
うまい具合に誰もいない。
ほっぺ…は……場合によっては涼さんに気づかれる。
…唇は論外。
…………く、首元なら…。
再度、周りを安全確認。
よし。
綾「…し…しちゃいますからね…」
こんな感じになったのは涼さんのせいなんですからね。
自分を正当化させつつ……。
ちゅっ…。

涼「ん…うーん…」
目が覚める。
涼「…あれ?俺寝ちゃったのか…」
綾「ふふ、気持ちよさそうに寝てましたよ」
涼「あっ、綾さんごめんね。勝手に寝ちゃって」
綾「いいですよ。私も休憩できましたし」
涼「ほんとごめんね。それじゃ、帰ろうか」
綾「はい」

涼の自宅まで一緒に帰り、自宅に辿り着く。
そして夕食を食べて、入浴。
布団に入るまで平静を保っていたが、布団に入ってから、限界を迎えた。
ぼんっと顔を真っ赤にして、ぼふっと顔を枕に埋める。
綾「っ……!……っ…!」
本来なら『きゃーっ!きゃーっ!』と叫びたいのだがそれだと近所迷惑。
足のみばたばたと動かして掛け布団をぺしぺしと蹴り起こす。
勢いでキスしたとはいえ、なんて事を…。
自分の妙な積極性が恥ずかしく感じる。
綾「あぅぅ…涼さん……気づいてないですよね…?」

一方、された張本人はというと。
涼「さてと、歯磨きでもすっかな」
シャコシャコと歯を磨いていると、鏡に映っている自分の姿のある部分に気がつく。
涼「…なんら…ほれ…」
口の中を水で流し、首元を鏡で見る。
周りと比べると、ちょっと赤っぽい。
涼「…なんだろ。何かに刺されたみたいな感じだな」
とはいえ、刺された記憶は無い。
涼「…あっ、昼寝してた時だな。寝てる時に刺すなんてヤリ手だなあ」
そのヤリ手がまさか綾とはこの男は気づくまい。

この出来事は綾だけの秘密である。
多分、というか絶対に墓場まで持っていくのだろう。
『涼さんのせいなんですからねっ、ふふっ』

後書き

このネタは『アマガミ』が発売された2009年3月19日に思い浮かびました(笑)。
100本目突破記念ということで一度くらいなら過去ネタやってもいいだろうという事で卒業式の話にしてみました。
突破記念はまだこれだけではありません。
とりあえず…あと2本くらい考えてます。
話はある程度構築されていますのであとは書くだけ。
…その書くのが大変なんですけどね(笑)。
ちなみにその2本のタイトル…明らかにおかしいです(笑)。
一目見て『これお前の芸風じゃねえだろ』とかツッコまれるの必死なタイトルです。
とにもかくにも100本書きましたが…まだまだ書き足りないというのが本音ですね。
これからも書いていきますのでよろしくです。
それでは次回にて。