一目惚れ。
俺はそう感じた。
一目惚れというのは字の通りたった一目見ただけで惚れてしまうことである。
一目惚れだとわかるわけは、体だ。
今までにない感覚が体全体を襲う。
それは体中に電気か、それとも心臓の鼓動とは別の鼓動が聞こえる等、様々だ。
俺にもそれが来た。
それまでは恋愛は興味ないと思っていたこの俺がだ。
一目惚れとはそんなつまらない結束をいとも簡単に壊してしまうものだと感じた。
さて、彼女…つまり、藤原綾とのそれからの進展はというと………ない。
綾はたまに学校に来るようで、もともと体が弱いせいか休みがちになっている。
そのせいで進展がないのだ。
そしてそのまま夏休みに突入する。
夏休みに入って2、3日たった頃。
午後8時頃、電話のベルが鳴った。
自分の部屋に電話(子機タイプ)があるのですぐに受話器を取った。
涼「はい、如月です」
その後かわいい声が返ってきた。
女性「あの、夜分遅く申し訳ありませんが水無月高校の3年5組の『藤原 綾』と申しますが、『如月 涼』さんはいらっしゃいますか?」
えっ!綾さんが!?何だろう?
涼「ええ、俺が涼ですけど」
綾「あの…明日の午前中、暇ですか?」
涼「え?ええ、暇ですけど」
綾「あの…もし良かったら学校の夏期講習に付き合ってほしいのですが」
なるほど、夏期講習の誘いか。
一応全部習ったことは覚えているけど、復習しないとな。
涼「ええ、いいですよ」
綾「よかった、如月さんしか話したことがなくて……」
そうだよな、しょっちゅう休んでたんだ……一緒に行ける人がいなくて、だから俺を…。
涼「それじゃあ、8時頃でいいですか?」
綾「はい、わかりました、それじゃおやすみなさい」
涼「うん、おやすみ」
受話器を置く。
涼「さてと、明日は綾さんと講習か」
まてよ………俺、綾さんと講習に行くんだよな……。
ってことはだな………計算してみよう。
綾さんと講習に行く=綾さんと『一緒に』講習に行く=2人っきり=行きも帰りも2人=デートに似ている=デートのようなもの=………デート。
涼「え………?」
今俺は自分の考えたことがわからなかった。
涼「ちょっと待て…もう1回考えてみよう」
そして再び計算する。
10分後
涼「………」
今度は逆算してみよう。
デートってことは、男と女が一緒に何かするんだよな、んでもって1対1だよな…今の状態にあてはめると…。
綾さんと講習に行く=綾さんと『一緒に』講習に行く=2人っきり=行きも帰りも2人=デートに似ている=デートのようなもの=『デート』ということになる。
ってことは………綾さんとデート!?
涼「な、何いいっ!!」
思わず叫んでしまった。
さすがに動揺をおさえきれず、息がハーハーしてくる。
涼「ま、まさか綾さんとデート(のようなもの)とは……」
しかし、電話しているときはまったくそういうこと考えてなかったからな……何も気付かない自分がうらやましいやら悲しいやら…。
そして、翌日。
……ついに来たか。
時計を見てみる。
7時40分。
そろそろだな。
よし、行くか。
そして綾の家に行く。
あと一回曲がれば綾の家が見えてくるところまで来て、道を曲がると、肝心の綾の家の門の所に綾がいた。
再び緊張が走った。
そして再び確信した。
『完璧に一目惚れ』そして、『綾さんが好きだ』という2つのことが、だ。
しかし、『今』好きだと言ってしまうと、どうなるんだろう。
予想がつかない。
吉と出るか、凶と出るか。
ならば、予想がつかないのなら予想が付ける程度の状態にすればいいだけのこと。
つまり、綾さんに良い印象を与えること。
そうすれば、5:5の確率から6:4へ、うまくいけば7:3に、もしかすると8:2に、なんてこともあるかも知れない。
だから、今は言わない。
彼女が俺を好きになってくれるまで。
都合がいいかもしれない。
もしかすると、逆に印象を悪くしたり、綾さんが俺以外の人を好きになるかもしれない。
昔はくじで1等が取れなくても別にくやしくはなかった。
だけど、今回はなんとしてでも……。
おっと、まずは綾さんと会わなきゃ。
曲がり角を曲がり、こちらにくる綾さんがこっちに気付いたようだ。
すぐに俺は綾さんに走っていく。
涼「おはよう」
綾「おはようございます、如月さん」
涼「それじゃあ、行こうか」
綾「はい」
2人で一緒に歩く。
くー、生きててよかった。
そして、学校に着く。
そして講習。
そして講習終了。
さて、講習をやってはかどったかというと……ダメだ。
別に講習自体は難しくないのだ。
理由は、一目瞭然、綾さんだ。
頑張って勉強してる綾さんを見てるだけで時間を忘れ、講習で聞いてる事なんか全然耳に入らない。
無意味そうだが、ちゃんと意味はあった。
それは、綾さんをじっくりと見れたということである。
なぜに今頃になってまでやっとじっくりと見れたかと言うと、ご承知の通り、綾さんは学校に来て、休む、の繰り返しだが、保健室にも入り浸りなので、見る機会はほとんどないのだ。
だったら、保健室に行って、様子を見に行けばいいじゃないかって?
それは俺だって、保健室に行って、綾さんを看病したい。
だが、そんなことができない。
もともと女の子と付き合ったことのない俺が、看病するなんて大それたことはできない。
しかし、のちに看病するなんて大それたことをすることになるとは思わなかった。
講習が終り、やはり、一緒に帰る。
それにしても………………………暑い。
少し先の道路が歪んで見える。
今年一番の猛暑だと言っていたが、昨日も同じことを言ってたような…………?
風がピュウッと吹いてくる。
しかし、熱と混じって熱風となる。
くそ…これじゃサウナと変わらないな。
次から次へと汗がしたたり落ちる。
ふと、左肩に何かの感触があった。
すぐに俺は左の方を見る。
するとそこには綾さんが寄りかかっていた。
いきなりなためか、顔が赤くなったのがわかる。
涼「あっ、綾さん!?」
俺は綾さんに話しかけた。
綾「……………」
しかし、返事はなかった。
何か様子が変だ。
涼「綾さん?」
俺は綾さんの顔を覗き込む。
綾さんは眠っているように見えた、が、こんな時に寝る方がおかしい。
まずい!日射病だ!
早く日陰のあるところに行かないと。
急いで日陰の所を探す。
うまい具合に日陰になっているベンチを見つけた。
それに綾さんを座らせる。
ひとまずこれでよし。
あとは水分補給だ。
近くにあった噴水でハンカチを濡らして、自動販売機でジュースを買う。
急いで綾さんの所に行く。
そして濡れたハンカチを綾さんの額に乗せる。
しばらくして、綾さんが起きた。
涼「綾さん、大丈夫ですか?」
今起きたせいか、綾さんは今の現状を把握しきれていないため、少しボーっとしていた。
綾「あ…さっき、暑くて倒れて…」
涼「一応、大丈夫のようですね」
俺はそう言い、ジュースを渡す。
綾「あ…ごめんなさい…みっともないところをお見せして……」
綾さんはうつむいてしまった。
涼「別にいいですよ、気にしていませんし」
ふと、綾さんは自分の額に気がついた。
綾「もしかして、これ…」
涼「ああ、そのハンカチですか、暑そうでしたからアイスパック代わりですよ」
綾「本当にごめんなさい…私…迷惑ばかりかけて…」
涼「別にいいですって、謝らなくても…俺はそんな綾さんの顔は見たくありませんよ」
俺は少々本音の入った言い方をした。
綾「はい、わかりました」
涼「それじゃ、帰ろうか」
綾「はい」
そして再び家に向かう。
そして、俺の家に着いたとき。
綾「あの…如月さん…」
綾さんが呼び止めた。
涼「何ですか?」
綾「あの…もし、よろしければ、私の家でお寛ぎになりませんか?」
涼「いえ、いいですよ、家もここからすぐ近くですし」
綾「いいえ、日射病にかかって、如月さんが助けてくれなかったら、私はどうなっていたか…、恩を返したいんです」
ここで俺は考えてみた。
うーむ、せっかく綾さんが招待しているし、もし断ったらひどく悲しい顔をするんだろうな、そんな顔は見たくないし、せっかくだし、行こう。
それに、うまくいけば綾さんの部屋を見れるかも。
涼「そうですか、わかりました、それじゃ、お言葉に甘えて」
綾「よかった…」
綾さんがにこりと微笑む。
うーむ、いかんな、こっちまで笑っちゃうよ。
そして、綾さんの家に着く。
相変わらずでかいな…この家。
ここほんとに俺の近所か。
入り口のドアを開け、中に入る。
そして中には、かなりの大きさを持つ庭があった。
そして周辺にはかなり大きい松がある。
涼「へえ、いい松だな」
綾「ええ、私のおじいちゃんが育てているんです」
涼「へえ、綾さんのおじいさんか…」
どんな人なんだろうな…でもこんな家だから、厳しいだろうな…『お前にうちの孫はやらん!』と言われたらどうしよう。
そんなことを考えていると、家があった。
綾さんが昔風の戸を開けてくれた。
綾「どうぞお入りください」
涼「それじゃあ、お邪魔します」
中に入ると、純和風になっていた。
まあ、松とかあるんだから和風なんだろうけど。
スリッパを履く。
綾「そちらに庭の見える座敷がありますから、そこで寛いでください、お茶を持っていきますから」
涼「はい、わかりました」
綾さんの言う通り、ある程度そっちの方に行くと、庭の見える廊下に出た。
涼「へえ、いい眺めだな」
近くに座布団があったので一つ取り、廊下に座布団を置いて座る。
涼「ふー…」
軽く溜め息をついた。
しかし、本当にすごい家だな。
でかい庭に和風の家。
こんなのが近所にあるとはな…。
そんなことを考えている時、老人の声が聞こえた。
老人「ほお、綾の友達かね」
俺は声の聞こえた方を向く。
そこには一人の老人がいた。
涼「はい、綾さんのクラスメートの『如月 涼』と申します」
とりあえず自己紹介をする。
老人「ああ、わしの自己紹介もまだじゃったの、わしは『藤原 信蔵』と申す」
涼「えっと、おじいさんは綾さんの…?」
信蔵(以下、信)「うむ、いかにも綾はわしの孫じゃ」
おそらく、俺の言いたいことがわかったのだろう、言う前に返事がきた。
信「隣、よろしいかね?」
涼「ええ、いいですよ」
俺はすぐに座布団を出して俺の隣に置く。
そして俺とおじいさんと2人でボーッと庭を見る。
大きい庭をボーッと見ているせいか思考能力が薄れてきた。
ふと、おじいさんが質問をしてきた。
信「お前さんは、綾のことが好きかね?」
すぐさま、俺はかんぱつ入れずに、
涼「ええ、好きですよ」
と、言った。
そして静寂に戻る。
…………ん?ちょっと待て、今おじいさん、なんて言った?
さっきの質問を思い出す。
えーと………。
お前さんは、綾のことが好きかね?
あ、そうだ。
綾さんのことが好きなのかと聞いてきたんだ。
んで、俺はどう答えたんだっけ?
えっ…と…………。
好きですよ。
あっ、そうそう、好きですよって言ったんだ。
んでもってまとめてみると……。
おじいさんは、綾さんが好きなのかって聞いてきた。
んで、俺は好きですよって言った。
ってことは………え!?
ちょ、ちょっと待て、ということは……。
俺が綾さんが好きだと言うことがバレた!?
そのことがわかった瞬間。
涼「ちょ、ちょっとなんてことを言わせるんですか!」
大慌てでおじいさんに言う。
信「ほっほっほ、反応が鈍いのう」
涼「まったく…いきなりそんなことを言われたら簡単に返事しちゃうじゃないですか」
信「なんなら、わしが綾にそのことを伝えようかの?」
まずいっ!! 今、綾さんにそれを伝えられると嫌われる!(今のところ)
涼「ちょ、ちょっと待ってください、それは俺が言うんです。おじいさんは言わないで下さい」
信「………」
涼「綾さんは俺の一目惚れの人です、そして初恋の人でもあります。俺が綾さんを守りたいんです、ですから…お願いです、決しておじいさんからは言わないでください」
信「ほう……」
俺が言った後、おじいさんの目が光ったような気がした。
信「わかった、わしからは言わないでおこう」
その言葉を聞いて俺は安心した。
涼「お願いですから、言わないでくださいよ」
信「わかっておる、男に二言はない」
突如、綾さんの声がした。
綾「お茶をお持ちしました」
まずい、さっきの聞こえたかな?
さっきのが聞こえたのかどうか心配だ。
涼「あっ、ど、どうも」
心配しているせいか、声が震えている。
それに気付いたのか、綾さんは、
綾「どうか…しましたか?」
涼「あっ、い、いえ、何でもありませんので」
綾「そうですか…」
ふう、大丈夫のようだ。
綾さんが立ち去る。
なんとか危機(?)は去ったようだ。
信「ほっほっほ、告白はまだ無理のようじゃの」
涼「うっ………」
見事に図星で、抵抗できない。
玄関にて。
涼「それじゃあ、そろそろ帰ります」
綾「そうですか…」
涼「もう少しいたい気持ちもあるのですが、あんまり長居するとそちらに迷惑するんじゃないかと……」
綾「わかりました」
涼「それじゃ、さよなら」
綾「さようなら」
玄関を出て、家に帰ろうとした。
しかし、その瞬間。
ザーッ!!
まずいな、夕立だ。
すさまじい豪雨だ。
たちまち体中ビショ濡れになった。
まずいな、早く家に帰らないと。
急いで家に帰ろうとした。
が、その直後名案が浮かんだ。
あ、待てよ、綾さんの所で雨宿りしていけばいいじゃないか。
しかしその直後、別の問題が生じた。
しかしなあ、さっきわかれたばっかなのにまた行くとなあ…。
そんなことを考えたせいか、寒気が生じてきた。
まずい、こうなったら綾さんの所で雨宿りしていこう。
すぐさま綾さんの家に戻る。
そして玄関に着いて。
チャイムを押す。
しばらくすると、綾さんがきた。
涼「すいません、綾さん、ちょっと雨宿りさせてもらいます」
綾「でも、そんなビショビショじゃ…」
涼「いや、別に大丈……ハクションっ!!」
寒気でクシャミが生じた。
綾「そんな格好じゃ風邪をひいてしまいますよ、すぐにお風呂を沸かしますから」
涼「いや、別にいいですよ」
綾「いけません!」
綾さんの声でびくっとした。
綾「あ…ごめんなさい、怒鳴ったりして……」
突如、しゅんとなってしまった。
うーん、こんな顔されるとな、こっちまで落ち込んできちゃうよ。
涼「いや、悪いのは俺の方だよ。我慢しちゃって…」
さすがに綾さんの泣き顔は見たくない。
綾「それじゃあ…」
涼「それじゃ、お言葉に甘えて、入らせてもらうよ」
綾「はい」
綾さんがにっこりと微笑む。
くー、俺はこの笑顔に弱いんだよなあ。
綾さんに風呂場を案内してもらった。
綾「もう沸いてありますから早く入ってくださいね」
涼「わかってますよ、すぐに入りますから」
脱衣所で別れる。(そりゃそうだ、さすがに一緒にいて脱ぐわけにもいかん)
濡れた服をひっぺがえすように脱ぐ。
そして風呂場に行く。
中は結構広々としており、ほぼ全部が檜らしい木でできていた。
ここが綾さんの入っているところか…。
しかしこのままつったっていてもしょうがないので入る。
入った瞬間、ジーンと熱さが染み渡る。
ふー、いい湯加減だ。
ふと、綾さんの声が届いた。
綾「お湯加減はどうですか?」
涼「ええ、ちょうどいいですよ」
綾「良かった、すぐに制服は乾燥させますから」
綾さんの足音が遠ざかっていく。
うーん、迷惑させまくりだな。
さてと、じっくりと洗うか。
そう考えて後ろ髪を止めてある紐を解いた。
いつもなら10分そこらで上がるが、30分ほどじっくり洗って、汚れを取った。
さてと、そろそろ服も乾いているかな。
そう考えて風呂場を出た瞬間。
ちょうどいいタイミングで向こうの方から綾さんが入ってきたのだ。
つまり、はちあわせである。
そしてこっちが向こうに気付いたなら、向こうも気付くはずである。
その結果…。
綾「きゃあっ!」
涼「うわっ!」
この結果である。
そして叫んだと同時に2人はドアを閉める。
涼「はー、はー、はー……」
むちゃくちゃ息が荒い。
そりゃあんなにタイミングよくばったり合ったら驚くに決まってる。
向こうの方でドアの開く音が聞こえ、足音が近づいてきた。
さっきの足跡とは違い、緊張しているかのような歩きかたのようだった。
涼「あの…綾さん?」
試しに呼んでみた。
綾「は、はい?」
……ということは…俺のが見えたってこと?
涼「あの…もしかして…見た?」
綾「み、見たって…何をですか…?」
かなり緊張しているようだ。
涼「そのしゃべりかたからすると…もしかして…見えた?」
その時はたいして何も感じなかったが、少し経ってから考えるととんでもない発言である。
綾「み、見てません!ちらっとしか見て……あっ……!」
やっぱり見たのか。
涼「い、いや、別に見えても問題はなく…あ、そう言っても変態じゃなく…その…」
うわー。気まずい雰囲気だ。
どうしようかと考えているうち、綾さんが、
綾「こ、ここに服をお、置いて行きますからっ!」
そう言って足早で出ていってしまった。
足音が消えた後、その場に座り込んだ。
ふー、とりあえず危機は去ったけど…。
見えたか…。
そういうモノは減るもんじゃないというけど、何か減ったような気がする。
とりあえず体を拭いて、髪の毛を乾かして…と。
乾かしてくれた服を着る。
そして髪の毛を一つにまとめる紐を捜したが……ない。
捨てられたのかな?結構濡れてたし。
まあいいやという感じで風呂場を出る。
ここで問題が起きた。
髪の毛を一つにまとめる紐がないため、チラチラと髪の毛が視界に入る。
邪魔くさいな、なんか紐を捜さないと。
一応、綾さんに聞いてみるか。
風呂場から出て、少しその辺をうろうろする。
家3件分もあるんだから結構広い。
どこにいるのか見当がつかない。
廊下に出ると、人影らしきものが障子ごしに見えた。
ん?綾さんかな? 入ってみることにした。
障子を開ける。
涼「あのー、綾さん?」
しかし、ここで問題が起きた。
それも大問題。
ちょうどその部屋には綾さんがいた。
いたにはいた。
しかし、状態が悪すぎた。
ある意味最悪と言える。
それは、着替えだった。
ちょうど綾さんが私服に着替えているときにちょうど俺が入ってしまったのだ。
つまり、俺が戸を開けた瞬間。
綾「きゃあっ!!」
涼「うわっ!」
すぐさま戸を閉める。
再び息切れが起きる。
涼「はー、はー、はー……」
……………………見てしまった。
綾さんの下着姿を……。
心臓がバクバクする。
なんとか落ち着こうと深呼吸した瞬間。
綾「き、如月さん……」
涼「はっ、はいっ」
急に呼びかけられたためドキッとした。
綾「……………見たんですか?」
まずいっ! もしここで見たと言ってみろ、確実に嫌われる。
なんとか嘘をつこう。
しかし、嘘はあんまりついたことはないのでごまかせるかどうかだ。
涼「み、見てません!」
綾「………本当にですか…?」
なんかさっきよりも声が…違う。
涼「本当に見てません!」
なんとかごまかしたい。
ここでばれたら痴漢と嘘つきのレッテルがつけられる。
綾「………」
返事がない。
なんとかごまかせたようだ。
涼「綾さん、開けますよ」
綾「どうぞ」 戸を開ける。
入った部屋は、やはり純和風であった。
床は畳で天井や柱は全て木製。
隅の辺りにはソファが置かれている。
涼「あの、綾さん」
綾「は、はい、何でしょうか?」
やや慌て気味だというのがわかった。
まあ、見えたかもしれないと思っているからだろう。
涼「なにか、紐のようなものはありませんか?髪の毛を縛りたいんですけど」
綾「わかりました、持ってきますから、少し待っていてください」
涼「わかりました」
綾さんが部屋から出ていく。
とりあえずソファに座る。
そして一呼吸。
ふー、なんとかごまかせたようだし、紐もなんとかありそうだし、これで一件落着だな。
しかし、見たのがばれたらどうなるんだろう……。
そんなことを考えているうち、いつの間にか寝てしまった。
………寝ちゃったみたいだな……。
今、何時ごろだろう。
まだ雨が降っているから、まだそんなに経っていないはずだ。
……とりあえず、起き………ん…?……なんか…感触が……。
ソファで寝ているから柔らかいというのはわかるが、なんか…羽毛関係の柔らかさと違うような……?
とりあえず、起きてみるか。
俺は目を開けてみる。
ただし、うっすらと開けただけで、他人には寝ていると思われる感じだった。
開けてみると、目の前に誰かがいた。
誰かがいるその向こうは壁があるので、おそらく天井を向いているとわかった。
最初は寝ぼけていたため、誰かはわからなかったが、よく見てみると。
そこには綾さんがいた。
なんだ、綾さんか……………え!?
綾さんだとわかった瞬間、うっすらどころか、ぱっちりと目を開けた。
涼「あ、綾さん!?」
俺の声に気付いたのか、綾さんは、
綾「あっ、如月さん、だいぶお疲れのようでしたね」
涼「ということは、これ……」
俺の枕になっているのは………………綾さんの膝!?
つーことは……膝枕!?
綾「ええ、膝枕です」
多分、今の綾さんの一言で頭が真っ赤になったと思う。
でも、気付いていないから顔には出ていないのだろう。
涼「わざわざ膝枕なんて……」
綾「私を日射病から助けてくれたお礼です、まだ雨が止みそうにありませんから、しばらく寝ていてかまいませんよ」
俺は何も言えず、ただそれに従い、再び意識を暗闇の中に落とした。
雨も止み、すっかり晴れた。
外はもう夕焼けだから、この時期では多分6時頃だろう。
涼「どうも、ありがとうございました」
様々なことがあったが、それを一つにして感謝をするようにお礼を綾さんに言った。
綾「いえ、どういたしまして」
涼「それじゃ、俺はこれで」
俺は家を出ようとした。
しかし、その時。
綾「あっ、ちょっと待ってください」
綾さんがそう言って、胸元にあるポケットから青紫のリボンを取り出した。
その青紫のリボンを手渡してくれた。
涼「わざわざ俺のために…」
綾「もし、よろしければ使ってください…それと…」
涼「それと…?」
綾「もし、よろしければまた明日、一緒に行きませんか?」
涼「ええ、喜んで」
綾「よかった……」
綾さんがにっこりと微笑む。
俺も微笑み返しをする。
涼「それじゃ、また明日」
綾「さようなら」
涼「さよなら」
俺は家を出た。
今日は1日が非常に長かった気がする。
自宅に帰りながら、俺は綾さんからもらったリボンを取り出した。
そのリボンを頬に当ててみる。
暖かった、そして、いい匂いがした。
ただのリボンだから別に暖かくもないし、匂いもあるわけがない。
だが、リボンから発する綾さんの心の温度と匂いを感じた。
そのリボンで後ろ髪を止めてみた。
なにか、照れ臭かったが、すがすがしい気分だった。
そして今日も綾さんと学校に行く。
もちろん、あのリボンをつけて。