葵のレビンが来た。
葵は飛び出るように車から降りた。
葵「和佳奈」
和「葵君」
葵「大丈夫ですか、ケガ」
和「大丈夫よ」
和佳奈のしゃべり方から、一度峠を攻めてきたようだ。
葵「なら、いいですけど……」
肉体的な問題は大丈夫だ。
だが、精神的にダメージは負っているはずだ。
葵「怖く、ないんですか?」
和「………………本音、言うと…ね」
やはり………。
和「でもね、速くなるには、どうしても事故がつきものなの。スポーツと事故は一生の付き合いなの。事故を乗り越えることで、速くなれるの」
葵「…和佳奈、それはよくわかりました。けどね、これだけは覚えていてください」
葵は和佳奈をきゅっと抱く。
和「あ………」
葵「あなたにもう怪我をしてもらいたくないと思っている人がいることを………」
和「………………うん」
臣「で、来たのか?」
眞「ああ」
臣「とりあえず、FDがダウルヒルのようだな」
眞「じゃあ、後から来たレビンがクライムヒル、か」
臣「………………」
眞「………………」
2人とも和佳奈達のアタックを見ていた。
臣「うまいな………」
眞一郎は何も言わずにうなづいた。
クライムヒルの葵のレビンはギリギリのコーナリングラインをきっちりととっている。
無駄のなさは眞一郎に似ていた。
一方、和佳奈のダウンヒルは臣のダウンヒルほどの異常な加速からのツッコミには勝てないものの、驚異的なアウト・イン・アウトだった。
インはガードレールから2、3センチ程度しか離れていないし、その後のアウトも紙一重だ。
臣「手強いな…………」
眞「………先行で行ってみるか」
臣「先行でだと?」
眞一郎にしては珍しい判断だった。
眞一郎がそんな判断をするということはかなりの強敵なはずだ。
眞「臣、お前は?」
臣「俺は…………」
後追いいこうかと考えた矢先、ふと、彼女のことを思い出した。
走り屋の勝負は地元のメンツとプライドがかかっている。
勝者は敗者の思いも乗せて再び勝負を続ける。
俺は、彼女の分も走らなきゃならない。
臣「俺は俺で行くよ」
眞「そっ……か」
そして対峙。
葵「こちらはプロジェクト・ギアだ。すでに連絡してあると思うけど、そちらの代表と勝負したい」
眞「ああ、クライムヒル代表は俺、皆川眞一郎。そしてダウンヒルは五十嵐臣だ」
臣は会釈をした。
眞「そっちは?」
葵「クライムヒルは俺、篠原葵。そして……」
葵は和佳奈の方に目を向けた。
葵「ダウンヒルはこの人。宮崎和佳奈さんだ」
和佳奈は会釈をした。
眞一郎は驚いた。
あの凄腕のFDのドライバーが女性?
とてもこの女性がドライバーとは思えない。
一方、臣は特に驚きはしなかった。
すでに和佳奈と同じレベルを誇る女性を見たからだ。
眞「よし、じゃあ……どっちから行く?」
和「私から行くわ」
眞「臣はどうだ」
臣「俺もそれでいいよ」
眞「よし、それじゃあ車に乗ってスタートラインに並んでくれ」
和佳奈は愛車のFDに乗り込んだ。
葵はウインドウをコンコンと叩いた。
和佳奈はそれに気付き、ウインドウのスイッチを入れる。
シュッと開き、葵の姿がそこにあった。
和「どうしたの?」
葵「……どうか、気をつけて」
和「うん………」
葵「バトル、終わったら……」
和「終わったら………?」
葵「デート、しよう」
和佳奈はすぐにはその言葉に気付かなかったが、理解した瞬間に顔が真っ赤になった。
和「や、やだ…………何を……」
葵はそんな和佳奈を見て、笑った。
葵「その様子だと、緊張してないですね」
葵は緊張させまいとリラックスさせに来たのだ。
確かに緊張はとれた、けれども。
リラックス兼デートのお誘いは………。
和「もう…………」
葵「和佳奈、頑張って」
和「うん………」
和佳奈はウインドウを閉めた。
眞「よーし、そろったな………カウント行くぞ!」
スタート付近にいる全員に緊張が走る。
眞「5!……4!……3!……2!……1!……ゴーッ!!」
スキール音を上げて2台が発進した。
先行は臣。
眞一郎はそのまま見送った。
葵も眞一郎と同様に見ていた。
きっと、この勝負は俺達の記憶に残る。
誰もがそう思っていた。