Remember Me

深夜の峠を一つの車、トレノがスキール音を上げて走る。
トレノのドライバー、五十嵐臣は家路へ向かう途中だった。
臣「よっ………と」
ブレーキペダルをつま先でぐっと踏み、踵でアクセルペダル。ヒールアンドトゥだ。
瞬時にハンドルをきり、車体を横に傾ける。
そのままコーナーを抜けて車体を立て直し、再び加速。
ちらりと時計を見る。
午前4時。
長く走り続けてしまった。
ここまで長く走り続けたのは初めてだ。
家で寝れるのはせいぜい2時間か。
その考えた時、後ろから車が近づいてきた。
結構とばしているはずだったんだが……………。
すると、バックミラー越しにパッシングをしてきた。
遅いからどけだと?
上等だ、抜けるもんなら抜いてみろ。
一気にアクセルを踏む。
直線が続き、ヘアピンコーナーが襲ってきた。
ブレーキを踏んで、一気に4−3−2とシフトダウン。
そのまま滑るようにコーナーを抜ける。
横を見ると、猛スピードで突っ込みをしてくる車があった。
車は同じトレノだ。
臣「なんだと?」
しかもコーナーの突っ込みの速さは向こうが上か。
やばいな、ここからは直線がほとんどない。
臣「本当に同じトレノなのか?ったく」
臣は愚痴をこぼした。
コーナーで勝てなければ直線でちぎるまでだ。
コーナーが終わり、直線が見えてきた。
アクセルをベタ踏みし、一気に加速して、突き放そうとした。
だが、後ろのトレノが一気に臣の車を抜く。
臣「何ッ!?」
そしてお互いの距離が離れていく。
飛ばし過ぎだ。
次のコーナーが曲がりきれない。
ガードレールに激突か、谷底へまっさかさまだ。
嫌なものを見てしまうか。
だが次の瞬間、臣の予想とははるかに違った結果を見せていた。
そのスピードのままコーナーに進入し、そのままクリアをした。
臣「な……………」
臣は信じられないものを見て、放心状態になった。
だが、今の状態に気づき、慌てて急ブレーキ。
幸いなことにガードレールにはぶつからなかった。
もう少し遅かったらやばかったな。
気分を落ち着かせようと車から出る。
すでにあのトレノはいなかった。
あのトレノ………何者だ?

男「お前と同じパンダトレノで負けただと?」
臣の深夜の出来事を聞いた皆川眞一郎は驚く他無かった。
眞「この峠最速ダウンヒラーのお前があっさりと負けるなんて………」
臣はこの辺りでは自他共に認める最速を誇るダウンヒラーだった。
臣「眞一郎は会ったことないのか?あのパンダトレノに」
眞「いや、俺はないな」
眞一郎は臣とは逆にクライムヒルを得意としていた。
臣「最近になって出てきたみたいだな」
眞「午前4時なら俺も時々走ってるけど、一度も見たことはなかったな」
臣「うーん………じゃあちょっと仲間に聞いてみるよ」

臣「……ああ……お前もか………うん、わかった。じゃあな」
携帯電話を切る。
臣「仲間のやつらも見ていたようだ」
眞「やっぱり4時頃か」
臣「ああ、それに…………」
眞「それに?」
臣「あのトレノは、下りだけしか出ていない」
眞「どういう事だ?」
臣「つまり、上りの時には一度も姿を見せず、突如として下りに出現するということになんだ」
眞「……ちょっと待て、それって」
臣「ああ、この峠は一方通行のため、下りを攻めるには必ず上らなければならないんだ」
眞「でも上りでは見かけない」
臣「そう、あいつが下りだけいることは不可能なんだ」
眞「じゃああれは幽霊だとでもいうのか?」
眞一郎の顔が青ざめる。
臣「いや、わからんさ。昼の間とかにすばやく上って夜を待つっていうやり方もあるさ、そして………」
眞「そして?」
臣「あいつは俺の敵だ」
眞「なるほど、お前らしいや」
臣「…とはいえ、あれに勝つのは至難だな」
眞「ダウンヒルのみだと、俺のR34はきついな」
GT-Rのみならず、大型車はパワー重視のため、コーナリングは軽量車に比べるときついものがある。
臣「となると、俺の切り札を使うとしますか」
眞「あの技を使うのか」
臣「必ずどこかで減速するはず。それがチャンスだ」

午前3時50分。
峠の山頂で臣は待っていた。
そろそろ来てもいい頃だが………………。
バックミラーには何も映らない。
今日はいないか。
臣は帰ることにした。

峠を降りていると、何か気配を感じた。
悪寒に似たようなものが臣を襲った。
……なんだ、この感じは?
ふとバックミラーを除くと、ヘッドライトが見えた。
ライトしか見えないが、確信があった。
あいつだ。
臣「パッシングはいらねえよ」
臣はハザードを点灯させる。
今度は俺が挑戦する。
緩めのコーナーを抜け、一気に加速する。
前回と同様に後ろのトレノが一気に抜いていく。
臣「くそっ!」
相変わらずの加速力だ。
ロケットエンジンでも搭載しているのか?
前回はここで諦めていたが、まだチャンスはあるはずだ。
その時までは絶対に諦めない。
それに、向こうも同じ車なんだ。
同じスピードで曲がれないことはない。
アクセルをベタ踏みし、加速する。
右のコーナーが見えてきた。
あのトレノがひゅっと消えるかのようにコーナーに入る。
やれないはずがない。
臣も続けてコーナーに入る。
このスピードでの進入は初めてだ。
曲がれるかどうか。
遠心力で外にひっぱられる。
左側にはガードレールが目前だった。
臣「このっ!」
すぐにカウンターステアを当て、態勢を戻す。
ガードレールから1センチ。
臣は冷や汗を流した。
危機一髪。
とはいえ、同じスピードでいけたんだ。
なんとかいける。
再びコーナーが来る。
今度は早めに突っ込んでみた。
するとちょうどうまくクリッピングポイントに入れた。
進入スピードが速いときは早めに突っ込めばいいのか。
やり方さえわかれば、こっちのもんだ。
眼前にはまだあのトレノの姿があった。
あの時とは違う。
今度はそっちが負ける番だ。
だが、まだチャンスはこない。
あいつが減速した時がチャンスだ。

そのままいくつかのコーナーを抜けた時だった。
前の方のトレノのブレーキランプが点灯した。
ここのコーナーはゆるい右のあとキツい左だ。
ここは俺の一番得意な場所だ。
そして俺の切り札を出すにはちょうどいい。
減速するトレノを抜いて、インに切り込む。
そして遠心力に負けてズルズルと外側へ流れていく。
今だ。
ブレーキを踏むと同時にカウンターステア。
先ほどまで右を向いていた車の向きが、クンッと逆に曲がった。
そしてそのままドリフト。
慣性ドリフト。
これが臣の必殺技だった。

公道に出る200メートル前がここでのゴールだった。
先に着いたのは臣のトレノだった。
臣は勝ったことに充実感を感じていた。
勝ったか。
今回のバトルで臣自身も相手のトレノによって成長した。
おそらくもうここで臣にかなう敵はいないだろう。
臣は外に出る。
あのトレノが止まっていた。
一体どんな人が乗っているのだろうか。
向こうのトレノのドアが開いた。
出てきたのは女性だった。
臣「えっ………?」
臣は愕然とした。
あんな凄腕ドライバーが女性!?
その女性はまだ少女のあどけなさが残っている顔付きだ。
どう見ても免許取り立ての新人に見える。
女性「強いですね」
臣「あ、どうも………」
女性「私を抜いたのはあなたが初めてね」
臣「でも凄い速かった。最初の時はボロ負けだったよ」
女性「ありがとう。これで私の気も済んだわ」
臣「えっ?」
女性「さよなら…」
その途端、強風が吹いた。
臣「うわっ」
その風の強さに臣は目を背ける。
風が止み、臣は女性の方へ向きなおす。
だが、女性とトレノはどこにもいなかった。

その後、眞一郎の調べによると、少し前にこの峠の下りで事故にあった車があった。
時間は午前4時、車はトレノ。
走行中にトラックがスリップを起こし、避けようとしてガードレールに激突し、そのまま谷底に落下。
そこの谷は深く、車とドライバーの回収は不可能のため、そのままとなっている。
そしてそのドライバーの名前は――――――。

臣「いや、もういいよ」
眞「…………きっと、色んな人と走りたかったんだろうな………」
そしてその思いが凄腕ドライバーへと成長したのだろう。
臣「ああ…………」
眞「あの子、どうしてっかな………」
臣「きっと、あの世で走り屋とバトルをしているさ…………」
そして、あのトレノはこの峠から消えた。

後書き

今回のネタはゴーストカーからです。
最近のドライブゲームは1位の車が記録されて、1位の車に挑戦できる仕組になっています。
そのゴーストカーは負けなければずっと残るのですが、逆に言えば負けるまで走り続けなければならないのです。
走り続けなければならない。そんな辛さを知ったためこの小説を書き始めたと思います。
タイトルは前作と同様にエイベックスのスーパーユーロビートから。
名前ですが、どうも声優の名前の方と中性的な名前を出すというのが自分の中で決まり事になってしまったようです。
眞一郎は声優の三木眞一郎さんからです。
さて第3弾、といきたいところですが、ちょっとネタも尽きたので(速いなオイ)、少し一休みします。
結構クリアしていないゲームが残っているのでその辺を片付けてからまた再開したいと思います。
残ったゲームはセンチ2と首都高バトル2。
ちゃっちゃとクリアしていきますかっ、といいたいけどまだFF『7』クリアしてません。(大泣)
まだ川チョコボが出ない…………今年中にはクリアしたいのですが………。
それではまだ次回にて。