眞「ありがとうございましたー」
ガソリンスタンドから出ていく車に挨拶をする。
眞「ふう………」
時計を見てみる。
そろそろ閉店時間になるな。
明日は何しようか。
また近くの公園でじいさんと将棋でもやるかな。
眞一郎の家の近くの公園には老人達がゲートボールもしくは将棋、囲碁をやっている。
暇になった時はよくそこへ行く。
老人達にはこんな孫が欲しいとよく言われる。
すでに眞一郎はそこの常連と化していた。
ふと、聞き覚えのあるエンジン音が耳に入る。
4A-Gサウンド……臣のトレノか。
車が近づいてくる。
眞一郎の予想通り、臣のトレノだった。
車はガソリンスタンドに入る。
眞「いらっしゃいませー」
臣「ハイオク満タンで」
眞「ああ」
臣「なあ、バトルの申込、聞いた?」
眞「なんだ、そりゃ?」
臣「昨日、バトルをしたいってやつらが来てな、ああ、俺はそん時いなかったけど」
眞「ふーん、で、いつ来るって?」
臣「明日」
眞「わかった。俺も明日行くから」
翌日の夜。
臣はすでに来ていた。
続いて眞一郎のR34。
臣「よっ」
眞「ああ、むこうさんは来てるのか?」
臣「いや、まだだ」
眞一郎は車から降りた。
ふと、エンジン音が聞こえた。
地元の車の音じゃないな。
崖の方を見る。
一台、ヒルクライムをしている車がいた。
おそらくあの車だ。
車種は…………180か。
眞「あれか?」
手招きして臣を呼ぶ。
臣「多分」
眞「けど、あの車は上りを攻めてんな」
ダウンヒル用の車がいるって事か……………?
その途端、パァンとやかましい音が峠に響いた。
臣「な、何だ?」
再び先程の音が響く。
下りの方を見ると、一台の車が走っていた。
眞「あれは…………エボXだ」
そしてあのやかましい音はエボXからだった。
臣「ミス・ファイアリングシステム………」
現行の4WDでは最高のチューニングだ。
そしてあのパンパンやかましいバックファイアがその証拠だった。
眞「バケモノにバケモノのチューニング、か」
臣「……上等だ」
臣はぐっと拳を握った。
まず最初はクライムヒルのバトルだった。
こちらは当然眞一郎。
向こうも予想通り180。
臣がカウントを開始。
臣「カウント行くぞっ!」
臣の掛け声と同時にR34、180がエンジンをうならす。
臣「5!…4!…3!…2!…1……っ!」
一気にエンジンのテンションが高くなる。
臣「GOっ!!」
スキール音が2台同時に鳴る。
先に出たのは180。
臣は後ろを振り向き、R34を見た。
後ろに回ったのはいつも通りの事だ。
あれが眞一郎のやり方だ。
きっと勝てる。
眞「ふーん……」
眞一郎は180の走りを後ろから見ていた。
ちったあ、やるようだな。
眞「けどな」
コーナーが迫る。
180はリアタイヤを滑らし、ドリフトで切りぬける。
そしてR34はグリップ走行。
眞「それじゃ勝てんよ」
180の後ろに張りつき、あおる。
相手のミスを誘って、そのスキを抜ける。
これが眞一郎の戦い方。
プレッシャーとはどういうものなのかを熟知していなければなかなかできない戦法だった。
そして、コーナーを3、4個抜けた後、180のドライバーはプレッシャーに負けた。
オーバースピードでコーナーに突っ込み、素人のようなどアンダーを出した。
当然、眞一郎はそのスキを逃すはずはない。
インを突いて、抜く。
だがこれで勝ったわけではない。
当然、180の方も、だ。
ゴールに早く着いた車が勝ちだ。
まだチャンスはある。
180のドライバーはそう思っていた。
だが、それはかなわぬ思いだった。
眞一郎の乗るR34はサラブレッドの異名を誇るほど走る為にある車のようなものだった。
クライムヒルに必要なパワーは余りあるほどだ。
350馬力にチューンナップしたR34は、クライムヒルの為だけにあった。
コーナーを抜けて直線に入り、驚異的な馬力で一気に加速する。
180から見たドライバーは抜かれてからいくつかのコーナーを抜けた後、R34は見えなくなった。
圧勝だった。
そして、峠のメインであるダウンヒルが始まろうとしていた。
カウント開始。
そしてゼロ。
先に飛び出したのは臣のトレノだった。
眞「ん、そうか。わかった」
眞一郎は携帯電話を切った。
仲間から臣のトレノが先行したとの情報が入った。
眞「さて、と」
眞一郎は車のエンジンを入れ、家路に戻った。
臣が先行の時は勝つ。
相手の実力があろうとなかろうと、臣は自分のベストを出して走る。
それが臣のスタイルだった。
トレノがコーナーに向かって猛スピードで突っ込む。
エボXのドライバーは絶対曲がれないと思っているのだろう。
それは並のドライバーの場合だ。
神風。
そんな言葉が思い浮かびそうなコーナーリングで抜けていった。
コーナーが終わると、コーナーで減速した分を取り戻すような加速をする。
直線はエボXが圧倒的に有利だったが、コーナーではトレノが上だった。
一見、エボXが有利そうに見えるが、ここ臣達の地元は直線よりもコーナーが多い。
というよりも、直線ばかりの峠があったら見てみたいものだ。
さらに、ここの峠は直線がかなり少なく、あっても非常に短い。
直線では圧倒的な馬力を誇るエボXでは、不利な環境だった。
そしていくつかのコーナーを抜けた後、トレノのバックミラーには何も映らなかった。
1週間後。
臣は峠にきていた。
臣「ふう……」
溜息。
また溜息。
1週間前のバトルは大した事はなかった。
不満だった。
もっと強いやつとバトルしたい。
ふと、あのトレノを思い出した。
あの時はたまたま勝てたものの、今度会ったらどうなるのだろう。
いや、もう会えない。
彼女は幽霊だった。
彼女の願いは負けることだった。
そして彼女は俺に負けた。
そして消えた。
俺の前から。
……もう一度、会いたい。
ふと、ある事に気付いた。
臣「……………………惚れたのかな、俺」
幽霊に惚れるなんて、な。
臣はカリカリと頭を掻いた。
…行くか。
そう思った時。
臣の後ろが風が起きた。
4A-Gサウンドと共に。
臣は後ろを振り向いた。
だが、そこにはさわやかな風しかなかった。