涼「………」
まずい状況だ。
非常にまずい状況だ。
まさかここまでひどいとは。
臣「おとなしくしとけ。どうせビリなんだし」
眞「その通りだ。これじゃ逆転も無理だろ」
茜「どうあがいても無駄やで」
梨花が部屋に入ってくる。
梨「お、今日もやってるわね」
しかし、いつもと雰囲気が違っていた。
梨「ちょっと美夏。何があったの?」
梨花よりも先に来ていた美夏は、
美「涼さんがすさまじいほど負けてます」
梨「マイナス何点?」
美「20万点」
梨「うわすごっ…」
マイナスによる終了がないため、ここまで負けに負けまくってこのような形になった。
そして今、洗牌中で涼の親でオーラスになる。
かなりヤバイ。
このままだと1ヶ月間はパシリになってしまう。
この洗牌のうちに積み込みは済んだ。
この絶望的とも言える状況を打破できる。
しかし、問題はこの後。
自分の山に埋まった牌と、自分の手牌をとりかえる。
俗に言う『ツバメ返し』。
何度も練習し、実践できる程度にまで仕上がった。
あとはタイミングだ。
タイミングを外すと手を掴まれ、終わってしまう。
3人が俺を見なければいいが…。
今、梨花さんが入ってきた時には3人がそっちを向いた。
だが、洗牌中だったため、ツバメ返しはできなかった。
今、誰かが来ればうまくいく。
サイコロを振る。
目は自分の山から取られなかった。
今日はツイている。
………20万点も負けてる時点でツイてるとは言えないが。
しかし、3人はこちらを見ている。
おそらくこの状況を切り抜けるにはツバメしかないと思っているのだろう。
完全に読まれている。
ツバメを仕掛けた瞬間、手を掴まれて終了だ。
それぞれ必要牌数を取り、オーラスが開局しようとした瞬間だった。
ガラッと戸が開く。
そこには潤子がいた。
潤子「涼君、いる?」
3人は不意に潤子を見た。
その瞬間を待っていた。
自分の手牌を伏せる。
素早く自分の所にある山から上側全てと下側の左3つの牌を持つ。
瞬時に持った一部の山を自分の手牌に重ね、もう一つの山を作る。
そしてその山を元の位置辺りに戻し、山にあった14枚の牌、すなわち切り札ならぬ切り牌をこちらに引き寄せる。
積み込みの究極技、ツバメ返し。
3人は視線を戻した。
臣「涼ならここにいるぞ。ボロ負けだけどな」
涼「うるせ。まだ負けたわけじゃねえぞ」
眞「おいおい。何点負けてると思ってんだよ」
涼「………」
茜「何してんのや。お前が親やからはよ切れや」
涼「悪いな。アガリだ」
臣「げっ、天和かよ」
眞「なあに、役満でもたった48000点だ。全然足りねえよ」
涼「…ただの天和だと思うなよ」
涼は手牌を開く。
牌は左から東3枚に西1枚、白、発、中が3枚ずつ、そして14牌目が西。
涼「天和、四暗刻、大三元、字一色、単騎待ちの5倍役満。オール8万な」
3人「ぎゃあああっっ!」
これで涼のマイナスは帳消し。
そして48000点というスコアで終了。
当然涼のトップ。
臣「くっそー。いつの間にすり替えたんだよ」
涼「教えるわけねえだろ」
眞「なんだよ、俺がドベかよ」
茜「勝ってたのにあかんなあ」
その男達の会話を聞いている内に、潤子は疑問を持った。
潤子「………気になったんだけど、どうして涼君はこの麻雀サークルに入ったの?」
涼「え?」
潤子「それに共通点のないバラバラのメンバーだし」
臣「悪かったな」
涼「うーん……作ったのが芹禾さんだったんだよな。それから除々に増えていったんだけど、それがまた色々あってねえ……最初のところから話そうか?」
潤子はうなづいた。
涼「サークルかあ……」
大学に入って4日が経つ。
サークル活動というのはわかりやすく言えば強制のないクラブ活動みたいなもんだ。
別に入らなくてもいいが大学を楽しむのならやはり入るべきなのだろう。
で、問題はどのサークルに入るか、だ。
スポーツ系は結構ハードだろうし自分の都合もあるだろうからなし。
となると文化系だ。
しかし数は場合によってはスポーツ系のサークルよりも多いかもしれない。
涼「とりあえず1箇所ずつ見てみるかな…」
すたすたと廊下を歩く。
教室を通り過ぎようとした時、何かが目に入った。
人がいる。
この教室は確か使われていないと聞いていたが。
教室の入り口の前に行く。
教室の中は何もなかった。
男と何かの台だけだった。
台と言えるのだろうか。
随分と年季の入った机だ。
男がこちらに気づいたらしく、こっちを向く。
男「やあ」
涼「あ、どうも」
…見た目からすると年上のようだ。
おそらく先輩なのだろう。
涼「何、してるんです?こんな誰もいない教室で」
男「ああ、ここは麻雀サークルの部屋なんだ」
涼「麻雀サークル?」
男「そう。まあプロを目指すとかそんなんじゃなくてただ純粋に麻雀を楽しむだけなんだけど」
涼「……もしかして、この机が麻雀卓?」
男「うん。ちゃんとした麻雀卓はなくてね。とりあえず代わりにこれを使ってるんだ」
麻雀サークルか。
麻雀なら俺もできるし自分の都合もある程度融通が効くだろう。
この先輩もいい人そうだし。
涼「あの、いきなりですけどこのサークルに入りたいんですが」
男「本当?ありがたいな。歓迎するよ」
男は手を差し出す。
涼「よろしくお願いします」
こちらも手を差し出し、握手を交わした。
涼「ところで、このサークルの参加者、何人いるんです?」
男「俺と君だけ」
涼「2人……だけ?」
男「そう。まあたった今出来たばっかりだからね。これから増やすさ」
涼「あ、そういえばあなたの名前は?俺は如月涼と言います」
男「俺は稲垣芹禾。芹禾でいいよ」
涼「じゃ、しばらくはサークル参加者の勧誘ですね、芹禾さん」
芹「…さん?俺は先輩とかじゃないよ」
涼「え?何歳なんですか?」
芹「18」
涼「嘘でしょう!?俺とタメなんですか!?絶対年上だと思ってたのに!」
どう見ても20代の大人びた雰囲気だ。
芹「うーん、他の人からもよく言われるんだよね」
涼「…まあ人それぞれですからね。とりあえず麻雀は4人が基本ですからそれぞれ1人ずつ勧誘をしましょう」
………いないな。
せっかくの大学生活をエンジョイするには麻雀はちょっと厳しいか。
ふーむ、1年の教室に入って直接勧誘してみるか。
んーと、1年の…と。
お、あった。
おっ、さらにそこに入っていく奴がいる。
多分1年だな。
よし、こいつを勧誘してみますか。
すぐにそいつの後を追う。
その男の肩をぽんぽんと叩く。
涼「なあ、麻雀に興味はあるか?」
男「ああ?」
うおっ、怖っ。
…いかんいかん、ひるんだら負けだ。
涼「ま、麻雀に興味はない?」
男「麻雀ねえ……まあ、ねえって言えば嘘になるけどな」
お、いけるか?
涼「麻雀サークルのメンバーを勧誘してるんだ。入らないか?」
男「別に構わねえよ」
よしっ、1人ゲットだ。
で、さっきの教室に戻る。
涼「芹禾さん。1人入りました」
ふと見ると、芹禾の隣に男がいる。
涼「お、芹禾さんも成功したんですか」
芹「ああ。皆川眞一郎って言うんだ」
涼「よろしく。眞一郎」
眞「おう、よろしくな……って臣!?」
男「な、何で眞一郎がここにいんだよ!?」
涼「あれ?知り合い?」
臣「ああ。幼稚園の時からな」
涼「へえ、幼馴染か」
眞「どちらかっつーと腐れ縁だけどな」
芹「ま、これで4人メンツは揃ったわけだ」
臣「そういや、レートはどうなるんだ?」
芹「レート?無いよ。賭け麻雀は禁止」
涼「あれ?そうなんですか?」
芹「そういえば言ってなかったけ」
臣「なんだよ、賭け禁止じゃ面白くもねえ。やめだやめ」
眞「やれやれ。賭けじゃないと燃えねえしな」
2人が教室を出ようとした時だった。
芹「待った」
突如、芹禾が2人の肩をつかむ。
臣「んだよ、離せよ」
芹「涼、君はどうする?」
涼「俺ですか?ただ麻雀やりたいだけですから賭けがなくてもいいですよ。というか無い方が健全でいいですけどね」
芹「よし。涼はちょっと教室から出て行ってくれ」
涼「え?」
言われるままに教室を出た。
芹「涼、入っていいよ」
しばらくした後、芹禾から声がかかる。
涼「あ、はい」
がらがらと戸を開ける。
涼「2人、説得できました?」
芹「ああ。もうバッチリ」
2人は正座をしていた。
臣「……」
涼「お、臣?」
臣「ハイ、ハイラセテモライマス」
眞「オナジク、ワタシモ」
涼「……」
何があったのだろう。
聞きたいけど聞けなかった。
涼「……まあこれで4人揃ったわけですけど…もうちょい欲しいですね」
芹「そうだね。1人でも欠けたら成立しないからね」
涼「せめてあと2人ってとこですかね」
臣「ま、とりあえず今日のところはお開きだな」
眞「そうだな。本格的な活動は明日からってことで」
その時だった。
2人が入ってきた。
男「お、いたいた」
男「なんやなあ、麻雀サークルちゅうのに教室貸してくれるなんてずいぶん太っ腹やな」
1人の男はともかく、もう1人はあきらかに関西人だった。
涼「えーと、参加希望者?」
男「ああ。俺は工藤潤だ。よろしくな」
男「俺は長瀬茜や。よろしゅう」
涼「ああ。よろしく」
臣「…なんかすんなり決まったな」
芹「ま、スムーズでいいんじゃない?」
茜「んで、芹禾っちゅうのは誰や?」
芹「俺だけど」
茜「ふぅーんむっ…」
芹「…俺の顔に何かついてる?」
茜「…よし決めた。芹禾、お前とリーダーを賭けて勝負や」
芹「え?」
涼「ちょ、ちょっと待て茜。いきなり勝負か!?」
茜「せや。誰が一番強いかっちゅうのは早めに決めんとな」
…早過ぎだろ。
潤「実は茜のやつ、リーダー指向でな。高校ん時も部活で部長に勝って実権を握ってたんだ」
涼「……アホほど高い所が好きというやつか?」
茜「何か言うたか?」
涼「いや、何も。……で、芹禾さん、どうします?」
芹「…まあ、勝負を挑まれたんだ。受けて立つよ」
対局中
涼「そういや、潤と茜はどうしてここに?」
潤「んー、とりあえず大学にいる以上サークルにはいって大学を楽しもうと思ってさ。麻雀ならやった事あるし」
涼「で、茜は?他のサークルもあったろ」
潤「……実はついさっきまでいくつかのサークルでこんな事やってたんだ。で、結局負け続けて他のサークル探してたらこのサークルがあるって事を知ってここに来たんだ」
涼「…彼は不死鳥のようだな」
潤「…しぶといゴキブリだと思うよ」
茜「何か言うたか」
潤「いや何も」
芹「ロン。親っパネだ」
潤「くそー、麻雀ならウチの近所で負けナシやったのに!」
涼「と、いうわけで2人追加と。茜、逃げるなよ。逃げるとヤバいから」
茜「…なんやその、ヤバいっちゅうのは」
涼「…芹禾さんに人格壊されるぞ」
茜「…触らぬ神にたたりなしやな」
涼「…そんな事があってね。こういうメンツになった訳だ」
潤子「で、梨花と美夏はどうやって知り合ったの?」
涼「えーと、梨花さんはいつだったかな。臣と廊下でぶつかったんだ。それが原因で揉めてね、2,3日ずっとケンカ状態だったんだ」
眞「2,3日というか今もだけどな。ケンカの状態がいつの間にか仲良くなってな。結局付き合う形になったわけだ。美夏はその流れで俺と付き合う事に」
梨「美夏のやつったらこんなおっさん臭そうなやつと付き合うって聞いてね。びっくりしたわよ」
眞「おっさんは余計だろ」
涼「…まあ時々ジジイっぽいな」
芹「まあ、俺達はバラバラみたいだけどさ、いざとなったらすごい力を発揮すると思うんだ」
芹禾が洗牌をする。
その中から適当に14の牌を取る。
芹「麻雀でもあるんだ。そういうのが」
その14の牌を開ける。
芹「十三不塔、シーサンプータって言ってね。役の中の最高峰、役満だ」
14の牌はカン、ペン、暗刻、対子のどれでもないバラバラな状態だった。
芹「俺達にぴったりじゃないか。この存在は」