梨「ねえ、潤子ってば」
潤子「何よ」
登校途中、梨花が話しかけてくる。
梨「どうしてまたドイツ語コース選んだのよ。別にドイツ人の友達なんていないでしょ」
3年になると、1年間従来の授業に加え、選択科目と呼ばれる、様々なコースを選べる。
潤子「それはあなたもでしょ」
梨「まあね。あたしの場合は他に面白そうなコースはなかったし…で、潤子は?」
潤子「…もうちょっとしたらわかるわよ」
梨「…?」
言葉ではなく、時間の経過で理由が明らかになると?
そのまま歩いていくと、高等部に到着。
潤子「あ、いたいたっ」
何かを見つけたらしく、目を輝かせる。
梨「いたって…あれ?」
『あれ』というより『あの娘』といった方が正しい。
腰まであるストレートの黒髪。
外見からして細身。
抱いたら折れてしまいそうな華奢な体格。
最近では絶滅の危機に瀕している和のお嬢様。
梨「…って、あの娘がどう理由になるのよ」
そう、その『藤原 綾』が理由でドイツ語コースを選んだというのはおかしい。
潤子「んーっ、もうかわいくてしょうがないのよねー」
潤子の台詞で梨花は一瞬凍りつく。
そして、選んだ理由とたった今梨花を凍らせた台詞で、潤子の本性がわかった。
梨「………あんた……レズ?」
潤子「気づかなかったの?」
そもそも潤子と梨花との付き合いは中等部から。
梨「……そういえば思い当たるフシが数々…」
潤子「やあねえ、やっと気づいたの」
梨「……ちょ、ちょちょちょちょっと待って、それじゃあたしや美夏も狙ってたっていうの!?」
潤子「んー、タイプじゃなかったわよ」
ほっとしたものの、それはそれで悔しい…。
梨「まったく…美夏を狙うなんてあたしが許さないわよ」
潤子「微笑ましいわねー、妹ラブって」
梨「あたしはただの妹思いなだけよ」
ただ、潤子はわかっていた。
おそらく、梨花は美夏を妹以上に扱っていると。
そして梨花はそれに気づかないでいる。
気づいた時の態度が面白そうだ、と思った。
和「綾ちゃん、おはよう」
綾「おはよう、和佳奈ちゃん」
綾にとって、転校して最初の友達が和佳奈であった。
もちろん、皆優しいが、転校して最初の友達というのは特別な存在だと思っている。
恋愛感情ではない、友達よりちょっとだけ深い存在。
なんでも話せる友達、それが和佳奈だと思う。
喜「あら、綾さん、和佳奈さん。おはよう」
綾「おはようございます」
和「おはようございます。喜久子先生」
綾達の担任の喜久子が2人の横を通る。
教師になって4年程経つ。
新米教師は卒業し、ベテランへと成長していく時期。
喜「2人とも宿題はやりましたね?」
生徒達に出した宿題はドイツ語の単語を10個覚える事。
綾「はい、大丈夫です」
和「もちろんです」
喜「ふふ、2人は勉強熱心ですね」
和「はいっ」
喜久子の微笑みに、和佳奈の声が高くなる。
綾は、なんとなくではあるが和佳奈の考えている事がわかった。
喜久子先生の事が好きなのだろう。
教師として、ではなく一人の人として、だろう。
別に同姓愛は否定しない。
人を愛するのはいい事だから。
だから自分は和佳奈を応援しようと思った。
梨花が教室に入る。
すでに妹の美夏は教室に入っていた。
美夏は黒板の掃除をしていた。
日直というわけでもなく、自主的にである。
こういう所はマメだなあと関心する。
世話好きというかなんというか。
自慢したい妹だ。
美「あっ、お姉ちゃんおはよう」
梨花に気づいたらしく、笑顔で挨拶する。
梨「ん、おはよう」
いい笑顔だなあ、と思いつつこちらも返す。
…潤子はタイプではないと言っていたが、突如牙をむく可能性もある。
大事な妹をきちんと守ってやらねば。
しばらくすると潤子、綾、和佳奈が入り、最後に担任の喜久子が入る。
喜「みんな、おはようございます」
全員「おはようございます」
喜久子の挨拶の後、チャイムが鳴る。
今日という一日が始まった。