youthful days

パァンッッ
強烈な平手打ち。
くらった直後もその音が響く。
綾「…………涼さんの………涼さんの馬鹿っ!」
部屋を出て、バンッと戸を閉めた。
涼「ちょっ、ちょっと待て綾!」
すぐさま綾の後を追った。

時は平手打ちのシーンから3日前になる。
1月6日である。

晩御飯のおかずを買い、袋を持って自宅に戻った。
玄関に着いた直後、電話が鳴った。
すぐさま受話器を取った。
綾「はい、如月ですが」
電話「ああ、涼だけどちょっと今日用事ができちゃって晩御飯いらないから」
綾「そうですか、わかりました」
涼「ほんとにごめん。明日は大丈夫だから」
綾「はい、わかりました」
受話器を置いた。
………………いつもだったら出かける前に晩御飯はいらないと言うはずなのだが。
多分、同僚の人の付き合いなのだろう。

綾「遅いなあ…………」
時計は午後11時を指していた。
こんなに遅いのは初めてだ。
一体どうしたんだろう。
すると、声がした。
涼「ただいま」
やっと帰ってきた。
すぐさま玄関に向かい、お出迎えをした。
綾「お帰りなさい、涼さん」
聞いた方がいいのだろうか。
綾「今日は遅かったですね」
涼「うん、ちょっとね」
『ちょっと』というのが気になる。
けど、プライベートな事なので追求しない方がいいだろう。

翌日。
今日は昼に街に出かけた。
毛糸が欲しいのだが、近所には目的の毛糸がなく、あるのは街中にある一店の店のみ。
そこは涼の勤め先に近い所だ。
涼に買っていってもらうという手もあったが、結構種類が多く、間違える人も数多い。
涼なら間違える事はないと思うが、もしもの事を考えて、直接行く事にした。

目的の毛糸を買い、自宅に戻る事に。
ふと、喫茶店が目に入った。
確か、ここの喫茶店は最近できたばかりで、客足が途絶えないほどの人気がある。
今度飲みに行こうか。
そう思っていた時、店内のテーブルに見覚えのある人物がいた。
涼さんだ。
まあ、会社から近いというのもあるのだろう。
だが、涼の視点は飲んでいるコーヒーではなく、宙をみている。
………誰かを見ている?
涼の反対側に座っている席を見た。
女性だ。
スーツを着ている所からおそらく同僚の人だろう。
ふいに、昨日の電話が蘇った。
……………そんなこと、ないよね。
偶然だ。きっと。

涼「本当にごめん……」
綾「いえ、いいんです。会社の人との付き合いですから仕方ありませんよ」
涼「明日は本当に帰るから、それじゃ」
………今日も、か。
再びあの目撃が脳裏にすっと現れては消えていく。
そして、昨日と今日の晩御飯キャンセル。
………………………浮気。
ぶんぶんと首を振る。
疑心暗鬼だ。
考えないようにしよう。
そう考えないと、正気でいられないような気がした。

翌日。
晩御飯は一応
電話を見ながら、机に突っ伏す。
………今日も晩御飯はキャンセルなのだろうか。
今日の朝、結局晩御飯はいらないとは言っていなかった。
電話が鳴るのが怖い。
涼からの電話がこうも怖いと思ったのは初めてだ。
お願い、鳴らないで…………。
その時、電話が鳴った。
鼓動が早く動く。
涼なのだろうか。
恐る恐る受話器を取り、耳に当てた。
綾「もしもし………」
電話「もしもし、涼だけど」
電話の声に絶望を感じた。
綾「また…………晩御飯はいらないんですか…?」
涼「いや、今日はちゃんと帰るよ。おととい昨日と晩御飯いらないって言ったから、今日電話してないとまた晩御飯なしって思われそうだったから」
涼の言葉に安堵の溜息をついた。
綾「そうですか、わかりました」
受話器を置いた。
やはり偶然だったのだ。

晩御飯を作り、あとは待つばかりだ。
涼「ただいま〜」
しばらくすると涼の声がした。
上機嫌で玄関へと向かった。
綾「お帰りなさい」

情事を終え、まどろみの中で思った。
……涼さんが、浮気するわけないじゃない。

翌日。
今日は私の誕生日だ。
きっと今日はいい日になる。

晩御飯を作り終え、最愛の人が来るのを待つだけだった。
まだかな…………。
待ち遠しかった。
その時、声がした。
涼「ただいま〜」
綾「あっ、お帰りなさい」

そのまま部屋に行き、スーツを脱いだ。
涼「ふう、疲れた」
綾「ご苦労様です」
スーツを持ち、綾に渡す。
涼「あ、そうそう。今日は綾の誕生日だったな」
そう言って、くるりと綾に背中を向けた。
綾「覚えていてくれ…………」
綾は涼の背中を見て愕然とした。
背中にキスマーク。
それも1つだけではなく、数カ所。
そんな…………。
絶望感に襲われた。
だが、頭がやたらと熱い。
血が上っている。
怒りが込み上げてきた。
涼「今日は、とっておきのプレゼントがあるんだ」
涼がこちらを振り向く。
何もなかったかのような顔をしている。
それが堪忍袋の尾が切れるにはちょうどいい刺激だった。
すでに手が動いていた。
思いきり涼の頬に平手打ちを放った。

信じていたのに。
信じていたのに。
ぼろぼろと涙がこぼれる。
拭っても、拭っても。
こんなに、こんなに愛しているのに。
どうして?
どうしてなの?
どうして!
頭の中がめちゃくちゃだった。
あるのは涼に対しての憎しみ。
ふと、コンコンと戸が叩いた。
涼「………俺だ」
綾「なんです!」
怒鳴りつけるような言い方だった。
こんな声が出るとは自分でも思わなかった。
涼「…………勘違い、してないか?」
綾「勘違いですって?最近急に晩御飯をキャンセルしたり、おとといのお昼に女性と食事していて、それに……それに……キスマークまであるじゃないですか!どこをどうすれば勘違いができるんですか!!?」
最後の部分はほとんど泣き声に近かった。
涼「……そっか………あれも見てたか」
綾「…ぐすっ………ひ…っく……」
嗚咽が漏れ出す。
このまま大声で泣いても構わないような気がした。
涼「…………まず、最初にあの女性の事を話すか」
綾「っく…………どう…っ…せ……浮気の………っ…相手………なんでしょ………っ…」
涼「…いや、あの人は俺の会社の同僚で、編物を教えてもらってたんだ」
綾「…………えっ……………」
涼の言った言葉が最初は理解できなかった。
涼「あの人は編物がかなりうまくてね。なんとか綾の誕生日までに編物のやり方をマスターして、それをプレゼントにしようと思っていたんだ」
綾「…………」
涼「簡単だろうと思っていたらかなり難しくてね。ここ最近になってようやくまともなのが編めるようになってね。で2,3日前から編んでいるんだけど、つい夢中になって彼女の家でずっと編んでいてね。で、晩御飯まで用意してくれたんだ」
綾「……じゃあ………あのお昼ご飯は……」
涼「編物を教えてくれて、さらに晩御飯まで作ってくれたからね。さすがに何かお礼をしたいというわけでお昼ご飯をおごったんだ。ちょうどその時を綾が見ていたんだろう」
綾「で、でも………あのキスマークは…」
あのキスマークだけが気がかりだった。
涼「……………こればっかりは言いたくなかったんだけど…………中に入るよ」
戸を開け、涼が入ってくる。
涼「これが、キスマークの正体なんだ」
ワイシャツを脱ぎ、肌着まで脱いで、上半身裸になって綾に背中を向けた。
その背中には、三日月型のカサブタがあった。
それも1箇所だけではなく、所々に。
綾「涼さん、これは…?」
涼「…………言いたくなかったんだが、この傷の原因は…………………綾なんだ」
綾「えっ………………」
どういう事?
ひっかいた記憶はない。
涼「昨日の情事の時、終わりそうになる時、綾の爪が俺の背中ら食い込んだんだ。おそらく、綾は俺の浮気の事で頭に一杯になっていたんで、爪の長さなんか気にもしない状態だったんだろう。普段よりも長くなった状態で普段の時みたいにぐっと抱いたから深々と刺さって血が出た。で、爪は横から見ると楕円を半分にした形だろ?両手でやったもんだからそれがちょうどキスマークみたいになってシャツに血が染みてこうなったんだ」
綾「………………ひっ……く……う…えっ………」
ぼろぼろと涙が出る。
浮気ではないという安心感。
そして、ついさっきまで自分が涼に対してした事。
平手打ち、怒鳴る。
それも涼には何の罪もない。
綾「……ごっ……ごめんなさっ………いっ………私っ……私っ…………」
なんて事をしたんだ。
涼「………いいんだ」
泣きじゃくる私を抱いた。
涼「俺だって、そんな風に思われるとは思わなかったんだ。事前に話しておけばこんな事には………」
綾「…うっ……ふえっ………っく…あっ…………―――っ」
声を出した泣いた。
こんな声を出したのは初めてかもしれない。
涼「よしよし………」
ぽんぽんと頭を撫でてくれる。
たまらなく心地良かった。
いつしか、泣くのをやめて、眠りについていた。

目が覚めた。
どうやら泣き疲れて寝てしまったようだ。
時計を見た。
11時50分。
まだ『今日』だ。
すぐそばに涼がいた。
綾「涼さん………」
涼「ん、起きたか」
部屋の中は薄暗く、蝋燭が数本明かりを放って立っていた。
綾「ごめんなさい…………私の早とちりで……」
涼「もういいよ…………もう過ぎた事だし」
涼がすっと袋を取り出し、私に差し出した。
涼「開けてみて」
そういえば、編物をプレゼントするって言っていた。
袋を開け、中身を取り出した。
綾「わあ………」
マフラー。
それも綺麗なマフラー。
綾「これを、涼さんが?」
涼「ああ。苦労したよ、ようやくできたのが昨日だったから。それまでは雑巾みたいなのばっかだったから」
綾「………」
また涙が出た。
どうすればいいのだろう。
早とちりで涼を傷つけてしまった。
綾「……涼さん……………私を傷つけてください」
涼「………」
綾「私は…………あなたに……とんでもない事をしてしまったんです…………私はどんな罰でも受けます…………」
涼「………………わかった」
再び私を抱いた。
涼「君への罰は、俺を信じる事。それだけでいい」
綾「え……」
涼「信じていたけど、たまたまこんな事があったからこんな事になった。だから……………俺をもっと信じて」
綾「………」
涼「俺は絶対に君を捨てたりなんかしないから…昨日よりも、今よりも、俺を信じて……………愛してほしい」
涙がこぼれ落ちた。
嬉しかった。
こんなにもこの人は私を愛してくれている。
綾「はい………絶対に…………絶対にあなたを………」
泣き声で最後は自分でもなんとしゃべっているのかわからなかった。
涼「泣かないで」
涼が人差し指でそっと涙を取る。
涼「君には笑顔が一番似合うから」
綾「はい……」
涙をこらえ、笑顔を作った。

翌日。
涼「おはよう」
女性「あっ、如月君おはよう…ってどうしたのそのほっぺた!?」
涼「ええ、ちょっとばかしトラブルが……」
女性「ああ、以前私にも言った綾って子の事?」
涼「ええ、どうもあなたと浮気してるんじゃないかって疑惑が爆発して……」
女性「あらやだ。私もう結婚してるし、子供もいるのよ」
涼「まあ誤解も解けましたし。あ、そうそう。先日の編物の講師ありがとうございました。おかげで綾が喜びました」
女性「それはよかったわ。私もお昼代ういたし」
涼「ま、一件落着ですね」
女性「それにしても…………綾って子もすごいわね。如月君にこんな痛々しい痕を残すなんて…………」
涼「……浮気したらやばいですね」
女性「死んじゃうわね」
涼「まあ乙女心ってのはいつまでもかわいいものですから」
女性「いえいえ。そうじゃなくて」
涼「じゃなくて?」
女性「あなたが」
もとい、怖い…………。

後書き

というわけで誕生日ネタです。
綾には酷な事をしてしまいましたが………。
まあね、こういうシリアスも必要だと思います。
5ほのぼの1シリアスという割合ですかね。
で・も、やっぱりらぶらぶなんですよね。基本は。
今回のを書いてて実感しました。
以前も同じような事言ってたけど(笑)。
タイトルはちょうど終わったばかりのドラマの主題歌ミスチルの『youthful days』から。
実はタイトルは別のがあったんですが、CD借りて歌詞みながら聞いてて『あっ、やっぱ変更』とすんなり変更しました。
歌詞がわりとこの作品に似てるような気がしたので、大急ぎで変更しました(変更した日が12月22日と、結構直前でした)。
今度は春香のシリアスやりたいなあと思っていますが………。
一応、ネタはできてるんですが、ちょっと………こう…………かわいそうなモノになっちゃってるんです。
まあ、今回ほど…………同じぐらいかもしれませんね。
次回からはちゃんとほのぼのでいきます。
それでは次回にて。